「やりたいこと」をやると、「無意識」が鍛えられる

 ただ、僕はことさらに「奇をてらった経験」を狙う必要はないと思っています。むしろ、「やりたい」「面白そうだ」と思ったことをやってみることが大事だと思うのです。多少面倒臭かったり、若干のリスクがあるかもしれませんが、それを乗り越えてやってみる。それが、自然と「その人ならではの経験の組み合わせ」をつくり出してくれると思うのです。

 なぜなら、人間はそもそも、一人ひとり違うものだからです。たとえば、人の好き嫌いは千差万別。だから、自分が「好き」なものを純粋に追求すれば、それは必ず個性的な経験をもたらしてくれるはずです。

 また、人は一人ひとり異なる課題に直面しながら生きています。ですから、その課題を克服するために必要な経験も一人ひとり異なってきます。だから、目の前の課題を克服するために試行錯誤することによって、独自の経験を自然と蓄積していくことができると思うのです。

 そして、一つひとつのチャレンジにとことん熱中しながら、自分なりの「偏った経験」を積み重ねるうちに、思いも寄らないときにゼロイチのアイデアを得ることができる。僕は、何度もそんな経験をしてきました。 

 そのひとつをご紹介しましょう。
 僕は、Pepperの開発リーダーになるにあたって、ひとつの不安がありました。リーダーシップを発揮しなければならないのですが、人前に出るのが大の苦手。それは、トヨタで量販車開発のマネジメントをやっているときからの課題でした。またソフトバンクアカデミアのプレゼンでも、他のメンバーにパフォーマンスで見劣りしていました。

 そこで、最初はプレゼンのトレーニング・スクールなどを探していたのですが、そんな時に知人に勧められた演劇のレッスンを思い切って受けてみることにしました。かなりの人見知りで恥ずかしがり屋なので、相当な決心でした。しかし、あえて自分が避けていた世界に、自分の弱点を克服するヒントを得られるのではないかと考えたのです。それまで、舞台の上に立ったことなどありませんでしたから、見よう見まね。はじめのうちは、講師の先生から酷評されたものです。

 なぜダメなのか?何度も酷評されながら考えました。そして、少しずつわかってきました。初心者だった僕は、何かの役を演じようとするときに、その役で思い浮かぶ俳優を想像して、そのマネをしようとしていました。不器用な父親役なら高倉健さん、ムードメーカーの役なら阿部サダヲさんといった具合です。しかし、高倉健さんになりきろうと渾身の演技をすればするほど、見事な大根役者になってしまうのです。

 では、どうすればいいか?「自分以外」の何かをマネしようとするからダメなのです。演技に必要なのは、「自分のなかの父親」「自分のなかのムードメーカー」の要素を見つけ出すこと。そして、それを引き出すことなのです。仮面をかぶって他人のフリをするのではなく、普段、自分がかぶっている仮面をとって、自分の内側にあるものを出す。これが「演じる」ということ。半年かけてこの感覚を体得してから、少しずつ演技ができるようになっていったのです。