妥協しないトップこそ、ゼロイチのエンジンである

 トヨタのプリウスもそうでした。
 プリウスは、トヨタが生み出した世界的なゼロイチ。世界ではじめてハイブリッドシステムを搭載した量産車として、国内外で大きな反響を呼び起こしました。僕がトヨタに入社する少し前の発売でしたが、ワクワクしながらそのニュースを見つめていたものです。

 ところが、開発チームでは当初、ハイブリッド技術は使わない方針だったといいます。開発チームに与えられたのは、「環境に優しい低燃費の量産車」という課題。トヨタでは、かなり以前から、一部のエンジニアがハイブリッドの開発を進めていたため、その可能性も検討したそうですが、技術が未成熟でとても実用には耐えないと判断。既存の技術で「燃費を50%アップさせる量販車」をつくる方針を上層部に報告したのです。人の命を預かる自動車の開発ですから、安全性も含めて考えればきわめて妥当な判断といえます。

 しかし、ここで無理難題が降りかかってきました。
 当時、トヨタの副社長を務めていた和田明広さんが、とんでもない要求を突き付けたのです。「いまの2倍の燃費で走る車をつくれ」。開発リーダーだった内山田竹志さん(現トヨタ自動車会長)は、驚いて「50%アップが既存技術の限界です」と改めて縷々説明。すると、和田さんは「ハイブリッドでやったらどうだ?」ともちかけたのだそうです。

 もちろん、内山田さんは「現在の技術力では到底無理です」と全力で抵抗。「いや、できる」「できません」と応酬が続いたそうです。その激論に終止符を打ったのは、和田さんの「たった50%アップ程度では、やる意味なし。いつまでも反対するなら、プロジェクトは中止だ」という一言だったといいます。

 乱暴だと思う人もいるかもしれません。
 しかし、この妥協を許さない無理難題がなければ、プリウスが生み出されることはなかったに違いありません。和田さんが、断固として「燃費2倍×ハイブリッド」という枠をはめて、現場に対して「壁」となって立ちふさがったからこそ、内山田さんをはじめとするエリートエンジニアもはじめて、リスクを負って進む「捨て身の覚悟」を固めることができた。いわば、和田さんの厳命という「葵のご紋」を手に入れることで、最大限の能力を発揮する環境が整ったのだと思うのです。