大家族から核家族への生活様式の変遷は、知らず知らずに受け継いできた先人の知恵・技術・経験の“意図的な”伝承の必要性を私たちに課している。これは必ずしも、日本に限った話ではない。世界中が抱える切実な問題だ。
こうした現状に危機感を抱いた若者が立ち上げたプロジェクトが、現在世界規模で進行中なのをご存知だろうか? お年寄りの記憶を人類の財産として後世に残す活動──その名を“MEMORO「記憶の銀行」”という。
2007年夏、イタリアに住む4人の若者が「お年寄りの話を未来に残そう」と、70歳以上の方々の昔話をビデオカメラに撮影し始めたことから、「記憶の銀行」はスタートした。
以来、「記憶の銀行」では、1940年以前に生まれたお年寄りの話──記憶に色濃く残る戦争の話だけでなく、生活、恋愛など、いわゆる市井の話題――を語る姿を撮影した動画を、広く一般から募集し、ウェブ上で無料アーカイブ化している。
想い出の語り伝えは、世代間を通して行なわれることで永遠に生き続ける。語り部の声や表情、しぐさなども切り捨てることのできない要素である。体験談が持つ意味を“純粋なメッセージ”として伝えるために、「記憶の銀行」はビデオ撮影・オンライン公開という手段を選んだ。08年6月のオンライン公開以降、活動に賛同する企業や団体が増え続け、現在世界12ヵ国で展開している。
今年3月に公式サイトをオープンした、日本事務局代表の冨田直子氏に話をうかがった。
「命を繋いでいくということは、記憶を繋いでいくということでもあります。大好きだった祖父の人生を、結局私は何も知らないまま祖父は逝ってしまいました。インターネットの普及と、大容量の記憶媒体の出現によって、特別の人だけではなく、一般の人々の貴重な記憶を容易に保管、共有できるようになりました。私たちは1人ひとりが世代の繋ぎ手です」
冨田氏は、このプロジェクトの必要性をさらに強調する。
「ぜひ、皆さまの周りにいる70歳以上の方の次世代に引き継ぎたい記憶を1本5分前後の動画に収めて、『記憶の銀行』のウェブサイトにアップロードしてください。お1人から、何動画分の記憶をいただいても結構です。私も父や母から、今まで知らなかった話をたくさん聞きました。普段お話を聞けないような方にも、『記憶の銀行』を1つのきっかけとして、貴重なお話をうかがうことができました。動画はインターネットで世界中に共有され、100年後、200年後の子どもたちにも大切な記憶を繋いでくれます。人類がそこから学べることは、無限大だと思うのです」
“記憶”という名の社会文化遺産の保管・共有を目的とするMEMORO「記憶の銀行」。その活動資金は、一般の方々からの寄付や賛助会員からの会費のほか、ユニークな方法で賄っている。
スポンサー企業に過去勤務していたOBへインタビューを行ない、その企業に関連した数々の想い出を集め、「記憶の銀行」のウェブサイトで公開することで企業のPR、そしてCSR活動につなげるのだ。
企業の生い立ち、成長過程を、当時の社員の肉声から知る。企業にとって大きな財産になるにちがいない。
歳を重ねるにつれて、年輩者に目を向けたり、話を聴く必要性を一層感じることはないだろうか? 組織、個人を問わず、記憶の共有を図ってみることをお勧めする。
(筒井健二)