西新宿に実在する理容店を舞台に、経営コンサルタントと理容師が「行列ができる理容室」を作り上げるまでの実話に基づいたビジネス小説。「小さな組織に必要なのは、お金やなくて考え方なんや!」の掛け声の下、スモールビジネスを成功させ、ビジネスパーソンが逆転する「10の理論戦略」「15のサービス戦略」が動き出す。
理容室「ザンギリ」二代目のオレは、理容業界全体の斜陽化もあって閑古鳥が鳴いている店をなんとか繁盛させたいものの、どうすればいいのかわからない。そこでオレは、客として現れた元経営コンサルタントの役仁立三にアドバイスを頼んだ。ところが、立三の指示は、業界の常識を覆す非常識なものばかりで……。
12/6配本の新刊『小さくても勝てます』の中身を、試読版として公開します。

初来店の男は、自称映画監督

【1年目の春】
立三(たつぞう)さんを最初に見たのは、前日までの雨が晴れ上がり、夏を思わせるようなポカポカ陽気の日だった。

その日、オレ、大平法正(おおだいらのりまさ)は、常連客である外資系生保の営業マンの髪を切っていたのだが、この営業マンっていうのがくせ者で、親父を紹介しろとか、お袋を紹介しろとか、兄弟はいないかとか、とにかく営業に結びつけようとするので、そうとうウザい。

とはいえ、オレも10年近く理容師をしているので、客あしらいは上達している。

適当に返事をしながら髪を切っていたら、隣の席で散髪中の太朗さんと客の話し声が聞こえてきた。

一見のお客さんらしく、「お客さまカルテ」の情報を参考に世間話をしているようだった。

「今までどんな映画を作られたんですか?」

「あほ、これからや」

「へ? でも、映画監督ってここに書いてますよ」

「あほ、書くんはただや」

「映画監督をされてるんじゃないんですか?」

「あのな。世の中、自分で名乗ってはじめて成り立つ商売っていうのもあるんや」

「ははは……そういうのも、ありなんですか?」

「ありもクソもあるかい。自分で決めたんや。他人が決めるの待ってたら時間がかかり過ぎるやろ」

「強引ですね」

「そんなことない。世の中の新しい職業は、いつも自分で名乗ることからしか始まらない。例えば、キャンドル・アーティスト。電灯もランプもない昔はみんなロウソクやから、キャンドル・アートとか存在せんやろ。電灯の時代になって、誰かが言い出したに決まってる」

「な、なるほど」

隣から聞こえてくる会話は漫才のようだ。