日本一地価の高い水田と畑が赤坂4丁目にある。稲が実るこの屋外実験場も短大から受け継いだ資産 写真提供:山脇学園中学校・高等学校

西川史子(にしかわ・ふみこ)
山脇学園中学校・高等学校校長

入試広報部長、中学教務部長を経て、2021年4月から現職。母も同校の教員で、幼少期より折に触れて来校しており、本学園とは半世紀に及ぶご縁となっている。山脇での教員生活と二児の子育て経験が、自身の教育観を築いているという。

 

旧短大の活用を含む学校改革「山脇ルネサンス」

女子の高等教育を長らく担ってきた短期大学の学生数がピークとなったのは1993年。男女雇用機会均等法が86年に施行されて以来、女子のキャリア形成が大きく浮上、短大から四年制大学にシフトする一方、女子校も大学進学実績が問われるようになって久しい。白短こと学習院女子短大は98年から学習院女子大学に改組され、青短こと青山学院女子短大は2019年に募集停止、その跡地は大学が活用することになりそうだ。赤短こと山脇学園短大は08年に学生募集を終え、11年に閉学となった。家政科・食物科・英文科に1000人を大きく超える在校生がいた旧短大校舎の再活用も含め、10年から始まった“山脇ルネサンス”でキャンパスは大きく変貌を遂げている。

[聞き手] 森上展安・森上教育研究所代表
1953年岡山生まれ。早稲田大学法学部卒。学習塾「ぶQ」の塾長を経て、1988年森上教育研究所を設立。40年にわたり中学受験を見つめてきた第一人者。父母向けセミナー「わが子が伸びる親の『技』研究会」を主宰している。
*森上教育研究所 「わが子が伸びる親の『技』研究会」では実力アップ「差がつく単問」集中講座 など受験生と保護者向けに教材動画を販売しています。詳しくはこちらをご参照ください。

――この秋はいろいろな学校の校舎の話題を取り上げています。山脇学園は短大閉学後、その校舎を中高で活用した珍しい例ということで、その実態をお話しいただければと思います。

西川 忘れもしません。2008年のある日、法人本部から「重要なお知らせがあります」と全教職員に招集がかかりました。「短大を閉学します」「これからの100年後にも社会的に意義のある女子校として存在し続けるための“山脇ルネサンス”改革を実施します」と宣告され、“山脇ルネサンス”が始まりました。

 当時のルネサンス担当の部長は、「生徒はなぜ、なかなか英語を話せるようにならないのか」と疑問を持ち、「恥ずかしい」「間違えたくない」という心理的な壁を取り払うことのできる楽しい施設を造ろうと考えたようです。

 私は当時、入試広報を担当していましたが、イングリッシュアイランド(EI)は多くの受験生が「楽しく英語を学べそう」と目を輝かせました。校舎の改築に加えて制服にも新たなデザインを追加し、伝統校の山脇が変わる、という期待感につながったと思います。

――その発想が面白い。山脇学園といえば、三つ編みのお下げ髪をした伝統校という印象でしたが、ガラッと変わりましたね。

西川 普通なら5年、10年をかけて行うような改革を1、2年で進めたわけですが、イングリッシュアイランド(EI)サイエンスアイランド(SI)リベラルアーツアイランド(LI)という三つのアイランドの新設により、新しい教育を目指そうという本校の思いが、多くの方に伝わったのではないでしょうか。

 生徒が主体的に考え、検証し、自分の意見や研究成果を発表する“探究型学習”の推進は、これらの新しい施設で行われるさまざまなプログラムによって実現しました。生徒は実践的な学びで驚くほど成長し、自らの“志”を育てます。その意味では施設が生徒を育て、生徒が施設を発展させるという部分は大きいと思います。

――その後、武蔵高等学校中学校の校長を務めた山崎元男先生(崎は正しくは「たつさき」。以下同)が、校長に就任されましたよね。

西川 ご病気で退任されたので、この4月から急きょ私が校長職を引き継ぎました。17年4月より4年間、山崎校長は山脇のリベラルな風土づくりに尽力されていました。

(1)“山脇ルネサンス”の最後の大事業が中高校舎の建て替え。白い「志の塔」の左が高校ホームルーム(HR)教室や講堂(YAMAWAKIホール)の入る1号館(13年11月竣工)、右が中学ホームルーム(HR)教室やノースイングリッシュアイランドの入る2号館(15年3月竣工) (2)正面玄関 (3)体育祭も行われる校庭からは赤坂・六本木のビルも目に飛び込んでくる (4)(5)全教室にwi-fiとプロジェクターも整い、動画鑑賞も自在に
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