
野口悠紀雄
生成系AIはメールの代筆や文章の要約などはすでに人間を超える能力を発揮する。だが新しいアイデアを出したり小説を書いたりするなど、クリエイティブな仕事は難しく、まだ人間の方が優れている。

岸田文雄首相が「異次元の少子化対策」に着手するなど、出生率の低下は日本の喫緊の課題とされています。最近の出生率の低下は、高齢化社会や労働力人口など、日本の将来にどのような影響を与えるのでしょうか。一橋大学名誉教授の野口悠紀雄氏の著書『2040年の日本』(幻冬舎新書)より抜粋して紹介します。

今春闘への期待が強いが、賃金分配率はほぼ一定なので、これを引き上げて賃上げを実現しても一時的だ。継続的な賃上げ実現にはデジタル化などでサービスや流通業の生産性引き上げが不可欠だ。

電気機械の貿易黒字の縮小が顕著だ。今や中国に依存しないとデジタル化もグリーン化も進められず、自動車も安泰ではなくなり始めた。このままでは貿易立国日本が生き延びる途はなくなってしまう。

サービス収支の赤字は2022年には8割以上が「デジタル関連」で、日本は通信・コンピュータ・情報サービスで世界最大の支払い超過国だ。安売り分野は黒字になるがハイテク分野は赤字になる日本経済の現状を象徴する。

日銀が金融緩和で続けるイールドカーブ・コントロールは、日本国債のほとんどが国内消化され国債市場が鎖国状態だからこそできる。だが貿易赤字拡大は日本が海外からの投資に依存せざるを得ない日が来ることを示唆する。

日銀の新総裁、副総裁候補が近く国会に提示されるが、日銀新体制はノーマルな経済への軟着陸を実現するために、(1)物価目標の取り下げ(2)YCCの停止(3)円の価値の維持(4)財政放漫化加担からの転換に取り組むべきだ。

日本のソフトウエア技術者の賃金は、アメリカの3分の1で、韓国や中国より低い。日本では専門家が冷遇されており、これでは高度人材が海外に流出し、未来の国全体の所得にも影響する。

米大手IT企業が大規模な人員削減に乗り出したのは、コロナ禍で急速に人員を増やし過ぎた反動だろう。トップクラス技術者の年収は極めて高く人材獲得競争は激化している。日本企業は競争に生き残れるのか。

日本銀行はYCCの長期金利の上限を現在の0.5%のままで据え置く決定をしたが、昨年12月の政策変更にもかかわらず10年物国債金利が上限を超える超えるなど事態は悪化している。

日銀は長期金利上限を0.5%に引き上げたが、根拠ははっきりしない。金融政策は自然利子率の概念を使って運用すべきで、この基準では日本は過剰な緩和状態が続き経済はむしろ弱体化した。

日銀のイールドカーブコントロールの長期金利上限変更は、市場の圧力に屈する形で金融政策の修正の必要性を浮き彫りにした。今後、金融政策の手法や目標の見直しでは円の対外的価値の維持が重視されるべきだ。

#8
日本銀行が12月20日に決定した長期金利の上限引き上げは、金融緩和政策の出口に向けての第一歩だ。これから、金利や為替レートが大きく変化する。ただし、賃金の停滞や円の購買力低下などの基本問題は残っている。

金融緩和策の修正で金利や為替レートは今後大きく動くだろう。輸入物価の低下で「物価高騰問題」も来夏前には収束しそうだが、国際的地位の低下や賃金の長期停滞など日本の根本問題が解決されることにはならない。

日本銀行の金利抑制策にもかかわらず、地方債のスプレッド拡大やイールドカーブの歪みは長期金利が実態的にはすでに上昇していることを示している。日銀はこの実態を認めざるを得なくなるだろう。

財政支出膨張を抑止する最大の力は金利だが、日本では異次元金融緩和政策のため金利の機能が働かない。破壊された国債市場再建が焦眉の課題であり、日銀は財政法の精神に反する国債買い入れやYCCをやめるべきだ。

日銀は物価目標を掲げての異次元金融緩和開始にあたり、「物価が上がれば、あるいは企業利益が増えれば賃金が上がる」としたが、賃金は上がっていない。金融緩和を継続するならなぜ続けるのかを説明する必要がある。

政府が「人への投資」で支援を打ち出したリスキリングで重要なのは、物事を評価する考え方や問題を分析する道具を習得することだ。統計学などの「文系数学」を学び直すことが役に立つ。

岸田首相が目指す「構造的な賃上げ」は容易な課題ではない。日本企業の付加価値は1990年代の初めからほとんど増えておらず、実現にはビジネスモデルや働き方、教育制度など社会構造を変える必要がある。

物価高対策によって消費者物価指数の伸び率が実態より過小に表示されることになり、連動する年金給付や実質賃金も変わってくる。物価高の原因に対処するのでなく、物価や金利を統制して結果を隠す政策は事態を悪化させるだけだ。
