
森信茂樹
参議院選挙を控え、物価対策やトランプ関税対策で与野党が「消費税減税」を掲げるが、ドイツや英国での例を見ても期待される効果は薄く、社会保障費や防衛費の増大が確実に予想されるなかで巨額の財源が失われるリスクは大きい。それでもやるのならマイナンバー活用で低所得層に絞った「日本型軽減税率」導入を検討すべきだ。

2025年度予算案が3月4日に衆院を通過、成立が確実になった。少数与党の下、高校教育無償化などの野党要求の一部を入れて29年ぶりに当初予算の国会修正となった。石破政権での財政赤字拡大の要因を見ても財務省が予算編成で政治をコントロールする力を持つという“財務省最強伝説”はもはや過去のものだ。

「103万円の壁」問題が来年度税制改正の最大のイシューのようになっているが、この議論には誤解が多いだけでなく所得税減収分の財源確保の議論が欠落している。総選挙では同様に財源を語らない減税公約があふれたが、人気取り政策では財政や社会保障の本質問題は解決せず事態は悪化するだけだ。

石破新政権は岸田政権の政策継承を掲げるが、防衛増税や社会保障の安定財源確保の議論は十分に深まらず、財源問題は先送りされた。医療介護の保険料や金融所得課税などで「応能負担」をどこまで具体化するかなど、国民の「受益と負担」の問題に取り組むべきだ。

唐突な「酷暑乗り切り緊急支援」など岸田政権のバラマキ政策が続くが、半導体産業への巨額補助についても、法人税の租税特別措置の縮小・廃止で財源を確保するなど、ペイアズユーゴー原則導入や特定財源方式で歳出と歳入を同時にセットするやり方で規律を維持する必要がある。

6月の骨太24方針策定に向けた財政政策の議論でPB黒字化目標の廃止・先延ばしを主張する積極財政派が掲げるのが「MSSE」と呼ばれる「財政支出による成長戦略」だ。日銀が金利正常化に踏み出し利払い費の増加が見込まれる中で果たして現実的な策なのかは疑問だ。

2024年度を初年度とする異次元の少子化対策は岸田首相が掲げる「国民負担増なし」を表向き繕ったが、財源を捻出するという歳出改革は24年度予算を見る限り不十分だ。また診療報酬や介護報酬引き上げのうち、医療従事者や介護従事者の処遇改善による負担増は負担とは見なさないなど、ごまかしや詭弁が目立つ。

政府は税収増などを「成長の成果」として経済対策をまとめ国民に還元するというが、増収はもともとインフレによる増税や巨額予備費を使いきれなかったものだ。景気回復下での財政出動は「インフレ課税」を加速し、国民にさらに負荷をかけることになりかねない。

岸田政権の重要政策の財源はすべて具体的な根拠不明の「歳出改革」と「つなぎ国債」での対応だ。昨夏の参院選後の3年間は国政選挙がなく負担増問題で首相が指導力を発揮できる期間だがその半分を浪費した。

安倍元首相の回顧録には消費増税に対する財務省への激しい敵愾心が書かれている。なぜ財務省を嫌ったのか、浮き彫りになるのはアベノミクスのポピュリズム的側面と政策決定で幅広い議論を軽視する二面性だ。

23年予算編成の目玉であるこども政策、GX、防衛費増強は巨額の財源がいずれも確たるめどがないままのスタートで国債依存が深まる。予算編成は政権の総合力を示すが、岸田政権3年目の政策遂行や財政運営は多難だ。

ウクライナ侵攻を機に、防衛費を5年以内にGDP比2%に増額する議論が熱を帯びる。だが、額の根拠が不明なだけでなく巨額の政府債務を抱える状況で財源をどうするのかなど、肝心な問題が置き去りだ。

参院選の争点の物価高対策で消費減税が国民の広い支持を得られるかは、その効果も含めて疑問だ。高所得者に減税の恩恵が偏るうえ、全世代型社会保障の持続性を危うくすることになるからだ。

岸田政権が掲げる「成長と分配の好循環」には所得再分配政策が重要だ。社会保障の持続性を高める一方で働き手が成長分野で仕事ができるよう職業訓練などに政府主導で取り組む必要がある。

GAFAなど大規模多国籍企業へのデジタル課税の国際的枠組みと、引き下げ競争が続いていた法人税率に下限を設けることについてG20・OECD(経済協力開発機構)で基本合意が成立した。これまでの課税のあり方を大きく変える画期的な合意だ。その歴史的意義と今後の課題を整理した。

バイデン政権が法人税率引き上げや多国籍企業の税逃れを抑える世界共通の最低税率導入を掲げた。90年代以降続いてきた「法人税率の引き下げ競争」の転換点になる可能性がある。

新型コロナウイルス問題での経済対策で重要なのは、「規模」や「ばらまき」でなく、中長期的な視点で社会のインフラを作ることだ。今こそマンナンバー制度を活用し、支援が本当に必要な人への現金給付を実施すべきだ。

GAFAなどの多国籍IT企業に対する課税で「市場国」が新たな課税権を得ることなどで合意した。全世界で年間1000億ドルの税収増が見込まれるが、制度作りでの合意形成が課題だ。

GAFAに代表される多国籍IT企業への課税強化の取り組みが始まったが、国際的な体制作りのハードルは高くEUでは「デジタル税」導入が合意できず見送られた。政府VS企業だけでなく、税源配分をめぐって米国、欧州、新興国などの利害が違うからだ。

プレミアム商品券やポイント還元などの消費増税対策は“過剰”で政策目的も曖昧だ。ポイント還元をするならマイナンバーカードを活用するなど、税と社会保障制度を一体的に設計する発想が必要だ。
