
森谷 亨
「自国第一」のトランプ政策の象徴ともいえる関税引き上げは日本や欧州などとの交渉が一応“決着”したが、今後は実体経済への影響がどう顕在化するかを注視する新たな局面だ。7月の米雇用統計は大幅に下方修正され、インフレ率も伸び率が拡大している。悪影響緩和や財政の利払い負担軽減でFRBへの利下げ要求も一段と強まると考えられる。

相互関税発表を契機に「トリプル安」に陥った米国金融市場では株価は持ち直しつつあるが、米国債とドルにはなお不安感が漂う。タームプレミアム上昇とドル安の「組み合わせ」は、財政赤字拡大や不公正とみなした国の企業への課税強化など、米国債やドル投資でトランプ経済政策のリスクが強いことを示す。

相互関税公表を機に米国株式、米国債、ドルの「トリプル安」の流れとなったが、ドル資産への信認低下は、関税引き上げによるスタグフレーション懸念のほかにもトランプ減税による財政赤字の動向やFRBがインフレ期待を抑えられるかなど米経済へのより広範な不透明感があり、信認回復の要因は当面、見当たらない。

トランプ経済政策が目指す2本の軸は国内製造基盤の再構築と歳出削減・規制緩和による「小さな政府」実現であり主要手段として関税政策が最重視されている。トランプ支持者に象徴される根強い新自由主義への不信が根底にあり、政権内の歳出削減重視派も「反グローバリゼーション」では一致している。

カナダ・メキシコへの25%関税の発動直前の「1カ月停止」や唐突な「相互関税」の表明など、トランプ第2次政権の関税政策の混乱を見ると、政権内部で漸進的導入を考える成長重視派と積極活用派の調整がされていないとみられる。今後の実体経済への影響も振幅が予想され、日米の金融政策のかじ取りも難しさが増す。

トランプ2次政権は不法移民送還や関税引き上げ、気候変動政策転換などを矢継ぎ早に打ち出したが、トランプ氏が就任演説で“常識の革命”と表現したトランプ政策の基本は反エスタブリッシュメント・反グローバリゼーションだ。だがスタグフレーションに陥る懸念もあり政策の成否は見通しにくい。

トランプ次期大統領が決めた経済閣僚人事を見ると、「トランプノミクス2.0」は減税や規制緩和を柱にしながら、行き過ぎたグローバリゼーションへの対応や財政赤字削減の財源に関税政策を使う“調整レーガノミクス”が基本になりそうだ。だがトランプ氏の考えと一部は一致しない上、市場の反応次第では違った形で展開する可能性がある。

FRB(米連邦準備制度理事会)は「9月利下げ開始」が確実視されるが、米大統領選挙での「もしトラ」の可能性は消えておらず、トランプ前大統領が掲げる関税引き上げが実施されれば国内物価を1.8%押し上げる圧力となり、移民流入規制強化も労働需給を再び逼迫(ひっぱく)させる。世界は「インフレ局面」に逆戻りする懸念がある。

9月に4年半ぶりの利下げに踏み出した米FRBの利下げペースが11月以降、当初見通しより減速する可能性が高い。鍵となったのは直近公表の9月雇用統計で強い数字が出たことだが、実は改訂されたGDP統計で、所得増加の範囲で消費を増やす堅調な家計消費の動向が確認されたことが大きい。

FRB(米連邦準備制度理事会)は「9月利下げ開始」が確実視されるが、米大統領選挙での「もしトラ」の可能性は消えておらず、トランプ前大統領が掲げる関税引き上げが実施されれば国内物価を1.8%押し上げる圧力となり、移民流入規制強化も労働需給を再び逼迫(ひっぱく)させる。世界は「インフレ局面」に逆戻りする懸念がある。

パウエルFRB議長が講演で、9月FOMCでの「政策調整」の意向を明言し、4年半ぶりの利下げが確定的だ。労働市場での過熱感が緩和され、インフレ抑止より雇用重視の政策運営に変える判断からだが、今後の利下げペースも労働市場の需給の推移が鍵になる。

米経済は、政策金利がピークに達した後も実質成長率が個人消費にけん引されてむしろ力強さを増す状況だ。原因はインフレが鈍化する一方で、遅れて社会保障給付のインフレ調整が行われたことで実質可処分所得が増えたことが大きい。このシンプルな原因を考えても今後はこれまでのような年率3%程度の消費の伸びが続く可能性は低い。
