契約農家は休日もなく、当たり前のように日の出から日の入りまで働いていた。日が暮れれば今度は小屋のなかで電気をつけて袋詰めの作業。それで収入が高ければいいが、そういう農家ばかりでもない。

農園の主、唐澤秀さん

「出向先の話ですけど、僕たちはこれでもかっていうくらい働いているのに、そこが出している野菜の品質はすごく悪かったんですよ。世界一労働しているのに、世界一品質が悪いみたいな。いいものを出せれば気分的にもいいんでしょうけど、よくない品物を出しているのは精神的に辛い。農業は不確定要素が多いので、長い時間働けばいいものができるとは限らないんです」

 さらに農業は生産者の労働と人件費が見合っていない産業だ。有機栽培や自然栽培など栽培方法の違いにかかわらず、農産物の単価はそもそも安い。通常の商品は生産原価などを元に価格が決定するが、生活必需品である食糧には価格の上限があるからだ。

 (自分ではやらないほうがいい)

 と唐澤さんが思うのも当然だった。

「出向から帰り、生産者という立場から今度は彼らを管理する立場になりました。農業法人では栽培計画から出荷まで一通りみていました。そこでわかったんですが、味という項目は野菜業界では評価の対象になってないんです。農協や市場を通じて売られるものは、形やサイズが一番重要。なので農家は味のいいものを作る必要がない。農家のために種を作る種苗会社も生産性が優先になります。これは野菜に限ったことではないですが全てにおいて種、品種を選んだ時点で味がほぼ決まってしまう」

 野菜はスーパーで買う消費者には、ニンニクならニンニク、玉ねぎなら玉ねぎという程度の理解だが、じつは野菜は品種によって味が大きく異なる。ブロイラーと地鶏では味がまったく違うのと同じだ。ただ、日本の品種改良技術は世界でも屈指であるものの、常に味を優先して新しい品種がつくられるわけではない。流通の都合からは日持ちの良さが、農家からは耐病性や耐候性であったり、収量が求められる。

「もちろんおいしい品種はありますが、栽培量は限られているので、一般の流通にはのりにくい。うちの会社は直売でしたから、僕はあえて美味しい品種を選んで農家さんにつくってもらっていました。そうした野菜はやっぱり売れるんですよ。それまですごく売っていたので、提案するとわりと意見が通るわけで(笑)。それでちょっと調子に乗っていたんでしょうね」

 しかし、順調だった仕事に水を差す出来事が起きた。

巨大な賀茂茄子

「僕は茄子は賀茂茄子が一番おいしいと思っているんです。江戸時代の文献にも「風味円大なるものに及ばず」と書かれているそうですが、丸いナスは普通のものと味がまったく違う。とてもおいしいので、バイヤーさんも食べて納得して、これやろう!ってなったんです。それで農家さんにつくってもらったのに、本当にどうしようというくらいまったく売れなかった」

 一日一個も売れないくらい売れず、試食してもらうにしても生で食べたり、簡単に漬物にして食べる野菜でもないので、どうやって食べさせればいいのかもわからない。結局、潰してもらうという選択をせざるを得なかった。

「ナスと聞いてイメージする形ってあるじゃないですか。それと違った、ということなんだと思います。美味しいんだけど売れない経験ははじめてでした。損失も出しましたし、かなり落ち込みましたよ」