遅筋は体の内部にある、腸腰筋(大腰筋、腸骨筋の総称)をはじめとする、日常の身のこなしの中で必要とされる筋肉です。
ウェイト・トレーニングによっていくら筋骨隆々になっても、インナーマッスルが使えていなければ、かえって動きがぎこちなくなってしまいます。体を大きくし、筋力をつければ動きがよくなるわけでないのです。
それよりも家事をしたり、農作業をしたり、大工仕事をしたり……日常の中の動作を通じ、合理的な体の動かし方を身につけていくと、インナーマッスルも自然と鍛えられ、筋金が入ってきます。
そうしたインナーマッスルのさらに根源にあるのが、インナーボーン(内なる骨)だと考えればいいでしょう。コツ(骨)さえつかめば深層の筋肉も動き出し、日常生活の負担も軽減していくのです。
こうした視点からサッカーの日本代表の動きを観察すると、そこには自由な動きを妨げているさまざまなポイントが見えてきます。
私がまず気になるのは、やはり太ももの前側の筋肉(大腿四頭筋)です。
日本代表クラスの選手であっても、この筋肉が肥大しているケースが少なくありませんが、骨が思うように動かせないと踏ん張って動くしかなくなり、結果としてこの筋肉が酷使されてしまいます。
なかには脚力をアップさせるため意識してこの筋肉を鍛えている人もいますが、私に言わせれば、大腿四頭筋は「大腿死闘筋」です。ブレーキの筋肉なのですから、ここばかりが酷使されるということは、アクセルを踏みながらブレーキをかけるようなものだと述べました。鍛えれば鍛えるほど軽やかな身のこなしが制限され、死闘を強いられることになります。
筋肉をリラックスさせると、
不安定さに対応できる
大腿四頭筋が肥大化してしまうような体の鍛え方がいかに不合理なのか?
たとえば、綱渡りのシーンを思い浮かべてください。
長い棒を水平にして持ち、「やじろべえ」のように左右にゆらゆら揺れながらバランスを取って渡っていくでしょう。
体操選手が平均台の上を歩く場合もそうだと思いますが、このバランスは、体をピンと棒のように固めてしまうと保てません。筋肉の鎧をまとうということは、倒れまいとして緊張し、体をコチコチに固めて綱や平均台の上を歩こうとする状態に似ています。この力んだ状態というのは、両足で地面を踏ん張り、大腿四頭筋が酷使された状態と重なり合います。これではバランスを取ろうにもとれず、すぐに落ちてしまうでしょう。
筋肉は極力リラックスさせ、骨組みで体が動かせるからこそ、このゆらゆらに対応することができるのです。緊迫する場面では、意識を集中させる必要はありますが、それが過緊張を生み、体が硬直してしまっては意味がありません。
人は倒れそうになると、安定しようとして体を緊張させてしまいますが、これがかえってバランスを崩す結果につながります。怖いと身構えてしまうことで平静を失い、ミスを犯すことになるのです。
こうした人は、とかく安定することばかりを求めたがりますが、じつは不安定であることが害を及ぼしているわけではありません。そもそも、実際にグラグラ揺れて怖がっているのは、体ではなく心のほうでしょう。
体の重さを利用して前傾姿勢で走ることも、こうした「不安定の中の安定」を生み出すための体の使い方にほかなりません。
サッカーや陸上競技ではピンと来ないという人は、スキーやサーフィンなどのシーンを思い浮かべてください。どちらも不安定な状況の中で、いかにバランスを取るかが求められるはず。まさに不安定の中の安定――この感覚を極めていくことが、特有のスリル感、楽しさや心地よさにつながっていると言えるのです。