「今回の補助金がなかったらソニーのCMOSセンサーの生産拠点は海外に行っていた」――。経済産業省幹部はそう語り、胸をなでおろした。

 補助金とは「低炭素方雇用創出産業立地推進事業」のこと。エコカーやリチウムイオン電池、有機ELなど、省エネ性能の高い製品についてメーカーが設備投資をする場合、投資額の3分の1を上限に支援するというものだ。採択された153事業に対して合計1100億円が交付された。

 2010年12月、ソニーは東芝からスマートフォンなどに搭載する半導体製造設備を買収することで合意したが、この案件も補助金の対象に含まれている。激しい価格下落と需要変動がつきものの半導体事業は、何よりもコスト競争力が求められる。それゆえ、業界各社はコストの安いアジアへ生産拠点を移転させるか、製造受託メーカーに“丸投げ”する決断を強いられてきた。

 そしてアジア諸国は、そうした日本企業を誘致するために、法人税減免などの“エサ”を撒いている。アセアン地域で企業の設備投資資金の奪い合いが起こっており、経済産業省としてはなんとか製造業を日本に留まらせようと、今回の補助金が予算化された。それが思惑通りに生かされたことで、冒頭のように経産省幹部が安堵の声を漏らしたのである。

 また、シャープの三重県・亀山第一工場での中小型液晶パネル製造に関する投資も、この補助金の対象になった。半導体と同様に液晶パネルも価格下落が激しい。シャープは技術流出のリスクを取って積極的に海外生産を推進する戦略を取っていたが、一転して国内投資となった。

 シャープにとってはこの補助金は“渡りに船”だっただろう。というのも、中古型の液晶パネル市場は今、空前のスマートフォン特需に沸いている。シャープ関係者は「タッチパネル方式の液晶パネルは高性能で高精細な日本製パネルが世界でナンバーワン。台湾や韓国メーカーの作るものでは性能が劣り、スマートフォンメーカーは弊社のような日本のパネルメーカーから買い漁っている」と鼻息が荒い。

 コストの高い日本で製造しても、高性能欲しさに顧客が競って買い求める“特需”が起きているのだ。そのうえ、補助金で設備投資負担が軽くなり、技術流出のリスクもないとなれば、まさに願ったりかなったりの状況である。

 日本の半導体や液晶産業が海外勢に負けてしまったのは、積極的な設備投資ができなかったことが最大の原因と言われている。この補助金はその反省も込めているのだ。シャープの液晶に代表されるような先端技術は、まだ日本メーカーには競争力がある。その先端技術を海外に出して技術流出リスクを低減させることにつながった今回のような補助金は、理想的だったといえるだろう。

(「週刊ダイヤモンド」編集部 片田江康男)

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