SNSやメール返信に気を散らされて、私たちは一つのことに集中して取り組み、深く考える能力が衰えているのではないか?そんな問題意識をもった気鋭のコンピュータ科学者が、人気のブログ「Study Hacks」で「ディープ・ワーク」という言葉で自らの考えを発表したところ、直後に149ものコメントがつくなどたちまち大評判となり、テレビやブログで取り上げられ、『DEEP WORK』というタイトルで書籍化された。本連載ではその日本語版『大事なことに集中する』から一部を抜粋して紹介する。
彼はなぜ瞑想部屋をつくったのか?
2004年にダートマス大学で学位を、2009年にマサチューセッツ工科大学(MIT)においてコンピュータ・サイエンスでPh.D.を取得。2011年からジョージタウン大学准教授。教鞭をとる傍ら、ブログ「Study Hacks」(http://calnewport.com/blog/)で学業や仕事をうまくこなして生産性をあげ、充実した人生を送るためのアドバイスも行っている。
著書にHow to Win at Collegeをはじめとする学生向けのハウツー本シリーズや、So Good They Can’t Ignore Youがあり、同書は『インク』誌の「2012 年起業家のためのベストブック」、『グローブ・アンド・メール』紙の「2012年ビジネス書ベスト10」に選ばれた。学生向けのハウツー本シリーズは、これまでに12万部以上を売り上げ、ハーバード、プリンストン、MIT、ダートマス、デュークといった名門大学に招待されて講演を行っている。
スイスのチューリヒ湖北岸近くにボリンゲンという村がある。1922年、精神分析医カール・ユングはこの地に隠れ家の建築をはじめた。まず二階建ての石造家屋、「タワー」を建てた。その後、インド旅行で自宅に瞑想部屋をつくるならわしを知り、隠れ家に専用オフィスを設けた。「隠れ家では、私一人きりだ」とユングはその場所のことを言った。「鍵はいつも私が持っていて、誰も許可なしには入れない」
ユングは午前7時に起床、朝食をたっぷり摂ったあと、専用オフィスで2時間、執筆に没頭した。午後は瞑想するか周辺の田舎を長時間、散策した。「タワー」には電気が引かれておらず、夜になると、石油ランプで明かりを、暖炉で暖かさを得た。午後10時には床についた。「このタワーで得た安らぎと生き返るような気持ちは最初から強烈だった」と彼は言っている。
その1年前の1921年、彼は『タイプ論』を発表、これはユングの考えと、一時は友人で指導者でもあったジークムント・フロイトの見解との相違を確固たるものにした、独創性に富んだ本である。
1920年代、フロイトに異を唱えることは勇気のいることだった。ユングは自著を補強するため、頭脳を研ぎ澄まし、「分析心理学」を立証する優れた論文や著書をつぎつぎと生み出す必要があった。
彼が講義と診療をおこなうチューリヒからボリンゲンに引っ込んだのは仕事から逃れるためではなく、仕事の質をより向上させるためだった。