核戦争、人口爆発、異常気象、AIの爆発的進化、テロリズムの跋扈……人類の未来を待っているのは繁栄か、滅亡か。スティーブン・ピンカー(『暴力の人類史』)、マルコム・グラッドウェル(『ティッピング・ポイント』)、マット・リドレー(『繁栄――明日を切り拓くための人類10万年史』)ら知の巨人たちが21世紀の未来の姿を描き出します。11/25刊行の新刊『人類は絶滅を逃れられるのか――知の最前線が解き明かす「明日の世界」』からそのエッセンスを紹介します。第5回はマルコム・グラッドウェルが21世紀、人類がはじめて直面することになる「リスク」について語ります。
人類の未来に潜む絶望的リスクの正体
グラッドウェル 「歴史的に人類の未来は明るく見えたか?」と聞かれたら私は間違いなくイエスと答えます。大昔にさかのぼり、そこから17世紀、18世紀、19世紀、1950年、1975年、さらには現在を見たら、たしかに右肩上がりの未来が見えるでしょう。そのとおりだと、誰もが同意できるでしょう。しかし未来について考えるとそう単純にはいきません。現時点から見て、この先が明るいかどうかということです。
未来は明るいという考え方は、絶望的にナイーブです。そもそも「明るい」という言葉は妥当ではありません。私たちが直面している未来は、現在とは異なる未来です。どういう意味かご説明しましょう。
最近ある会議で、インターネットのセキュリティ専門家と話をしたとき「あなたはこの問題についてどう思いますか」と、質問を受けました。そこで私はこう答えました。「最近は、低レベルの脅威に非常にうまく対処できるようになりましたね。ブルガリア人によるクレジットカード情報の流出とか、そういう類のことです。こうした脅威は無数にありますが、非常に効果的に防げていますよね」と。
しかし専門家が本当に懸念しているのは、彼らが「デジタル9・11」と呼ぶ事態です。誰か、あるいはどこかの国が北米の電力インフラに侵入して、1週間停電に陥らせるとか、401号線(訳注・世界一交通量が多いとされるオンタリオ・ハイウェー401号線のこと)を走っている車1000台に同時にハッキングして、激しい交通渋滞や事故を引き起こすといった事態です。まあ、現在の401号線も似たようなものですが、それなりにショックをもたらすでしょう。
ランダムに例を挙げましょう。さほど遠くない昔、ある政治学会誌に、携帯電話の普及がアフリカに与えた影響についての論文が掲載されていました。携帯電話のおかげで昔は考えられなかった類のことが可能になった半面、ISIL(イスラム国)やボコハラムといったテロ組織が連携を取るのも著しく簡単になったというのです。
さらにここ25~50年は、「普通の気候危機」への対処能力も著しく高まってきました。現在、25年前と同じくらい飢饉を恐れている人は、私を含めほとんどいないでしょう。疫病に強かったり、干ばつに強い作物が開発されたおかげで、また効果的な海水脱塩技術が開発されたおかげで、この種の環境危機の脅威は間違いなく低下しています。けれども気候の専門家が懸念しているのは、こうした問題ではありません。
専門家が注目しているのは、2015年にメキシコを襲った、観測史上最大かつ最も激しいハリケーンの一つです。「私たちが懸念しているのは、世界の海の水温上昇と、この種のメガハリケーンが前代未聞の被害をもたらすことだ」と彼らは言う。また、干ばつや飢饉に強い作物を開発する活動は、気候変動を促す役割も果たしています。こうしたことは、これまでとはまったく秩序の異なるリスクです。
では、こうした事例からどんなことが言えるでしょう。それは社会として、人間はリスクを縮減してきたのではなく、リスクを再構成してきたということです。もはや5年おきに飢饉に見舞われる心配はありませんが、メガハリケーンが襲来してマイアミが壊滅的な被害を受ける心配があります。ルーマニア人の男にクレジットカード情報を盗まれる心配はありませんが、北朝鮮にハッキングされて2週間停電に陥る心配があります。アフリカに携帯電話が普及したことで、人々の日常生活は5~10年前より著しく楽になりましたが、それは5~10年前よりもテロ組織の脅威が大きくなり、蔓延していることも意味するのです。
私の考えでは、未来を考える上での本質は、「人間はリスクの性質が変化したことに恐怖を抱くべきか否か」です。その答えは自明です。恐怖を抱くべきでしょう。