「クラウディングアウト」とは
以上の議論の中心は、「クラウディングアウト」というマクロ経済学の概念だ。これが、今後の日本経済が直面する問題の基本である。経済学になじみがない方々のために、これをつぎのような喩え話で説明しよう。
100室の部屋があるホテルを想像していただきたい。客が70組しかいなければ、30室の部屋は使われないままだ(この状態を、経済学では「不完全雇用」と言う)。
こうした状態で必要なのは、客を勧誘することである(「有効需要の創出」)。空き部屋がある状態では、客が増えれば、ホテルの収入は増える。
ここ数年、それまでの常客だった「輸出」という名の客が来なくなってしまったので、ホテル支配人は新規客の開拓に必死だった。そして、「エコカー」という新顔を特別割引料金で連れて来たりしていた。
さらに、「国債」(あるいはそれで賄われる財政支出が引き起こす需要)という名の客が増えてきた。それでも、ホテルが満杯になることはなかった。なぜなら、「貸出」(あるいは、「企業設備投資」)という客が減り続けていたからである(以上の喩え話で、総部屋数が経済全体の供給で、客が需要。あるいは、総部屋数が資金供給で、客が資金需要である)。
ところが、ある日地震が発生し、20室の部屋がつぶれてしまった。つまり、ホテルの総部屋数は100室から80室に減ってしまったのだ。まだ部屋数に余裕があるとはいえ、全壊した他のホテルからの客(復興投資)が押し寄せてくると、溢れてしまう。ホテルにとっての問題は、いまや、「空き部屋があって困る」ことではなく、「客がつめかけて、部屋が足りない」ことになってしまったのだ(日本経済もいま、このような大転換──需要制約から供給制約へ──に直面しているのである)。
その懸念は、地震後しばらくして現実化した。まず、これまで減り続けていた「貸出客」が戻ってきた(損壊した生産設備を復旧するための企業設備投資の増加)。それだけではない。「国債客」も増えた(損壊した社会資本を復旧するための公共投資の増加)。さらに、このところ姿を見せていなかった「住宅客」まで押し寄せてきた(損壊した住宅を再建するための住宅投資の増加)。
ホテルの部屋数は地震で減ってしまったので、増加した客をすべて収容することはできない。つまり、混雑現象が生じたのだ(「クラウディングアウト」とは、「混雑によって押し出す」という意味である)。
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