「アメリカでサブプライム問題が発生してからは、マレーシアも雲行きが怪しくなりました。株式市場や金融市場への締め付けが厳しくなり、見過ごされていた不良債権を幾らかでも現金化するよう圧力が加えられています。それで、責任回避に逃げ回っていた経営者たちも、本腰を入れて処分せざるをえなくなったという次第です」
事前に調べておいた通りの説明をチュアから受け、隆嗣と幸一は顔を見合わせて頷き合った。
二人は合板ラインをつぶさに見て廻り、事前に送られてきた資料から石田がピックアップした設備リストを手に確認作業を行った。今回一番の目的である単板を乾かすドライヤー設備には、特に厳しい監査の目を向けた。30メートルは続いている大きな鉄の箱、その横に付いている覗き窓から中を確認した幸一が、チュアへ確認する。
「ネット式ドライヤーですね」
「はい、単板の上下をネットで押さえながら乾燥ブースを通ることになっていますので、形状変化しやすい単板でも矯正しながら乾燥させることが出来ます。ポプラ単板にはうってつけの設備ですよ」
チュアが、華僑らしい商売人気質を押し出してセールストークをする。
ラインを一巡してから工場事務所に入ると、事務デスクや応接セットなどもそのまま残っていた。椅子の埃を叩いて腰掛けた3人が交渉に臨む。
「先に連絡した通り、こちらが考えているのは、小径木用ロータリーレースが2台、単板乾燥ドライヤーが1セット、グルースプレッダー3台と12段ホットプレスが2基。それに、ダブルサイザー2台とパネルソー1台です」
幸一がリストを読み上げると、チュアが上目遣いに能書きを話し始めた。
「事前に試算をしておきました。これらの設備を解体して輸出梱包し、港まで運んで船に載せる一連の作業だけでも、かなりの経費がかかります。設備代金に輸出費用まで加算したC&F(海上運賃込み輸出代金)で、最低でも200万ドル以上は見ていただかないといけないでしょう」
「こちらの希望は150万ドルです」
幸一が反論すると、チュアがわざとらしい驚きの声を上げた。
「なんですって、150万ドル? それは無理ですよ」
「中間費用はともかく、設備自体は使う当てもなく放置されていた物でしょう? 他に高く買ってくれるところがあれば、そちらと交渉してください」
中国人に揉まれて大分成長したようだな、澄ました顔でそっけなく言う幸一の顔を横目で見ながら、隆嗣は手応えを感じていた。
「私は交渉に時間をかけるつもりはない。170万ドルだ。それで受けるか否か、明日までに返事をくれ」
唐突に隆嗣が交渉の終結を一方的に宣言した。
チュアが困惑した顔をしているが、幸一も不満げな顔を隆嗣へ向けた。