全量買取制度に関しては、経済産業省が主導権を持って取り組んでいる。これには良い面と悪い面がある。
経産省は自分が担当する法律だから、自分で自分を攻撃することはない。閣議決定から国会に持ち込むまでは、割と順調に進行した。これが仮に環境省の法律だったら、おそらくつぶされていた。
だが、制度設計は極めて甘い。諸外国の良い部分を取り入れたとは言い難い内容だ。とはいえ法案さえ通ってしまえば政省令マターになるので、細かいことは後でどうにでもなる。とにかくこの法律を通すこと。これに社会全体がもっと着目しなければならない。
この法案が閣議決定されたのは、奇しくも「3.11」の午前中である。私は運命的なものを感じざるを得ない。この法律を闇に葬ってしまうことになれば、将来世代に対して顔向けができないのではないだろうか。
全量買取制度を実現できるかどうか、私たちは今、「歴史の十字路」に立っているのだ。
自然エネルギーの拡大に
不可欠な政治決断がなされない
経産省に限ったことではないが、日本の政策は知的な蓄積が乏しすぎる。
複雑化した現代社会では、政策づくりは高度な知見を要求される。単なる机上の知見だけではなく、実際に社会に適応したときの経験と、それを通して蓄積されてきたさまざまな実践知とそれに裏付けられた洞察力も必要だ。
欧州では、政策担当者は少なくとも10年は変わらない。専門分野をカバーする博士号を持っていることもザラだ。しかも、その人たちが独占的に政策をデザインするのではなく、大学や研究機関の優秀な人材たちとオープンな場で議論を重ね、政策のレベルを押し上げようとしている。