賞よりも影響力をもつブロガーや有名人

 米国では賞よりも、大きな影響力を持つ者がいる。それは書評ブロガーだ。著名なビジネスリーダーから無名の本好き人間まで、読んだ本を評価し、それを発表し続けている人たちのレビューサイト。経済学が専門の大学教授から、ビジネス寓話が好きな一般人から、PVが多ければ知名度が上がって出版社から発売前にARC(Advanced Reading Copy)と呼ばれるレビュー用のゲラ刷りや、ゲラのPDFが見られるパスワードがもらえたりする。

 ブロガーの嗜好や、文章力、切り込み方などのクセがわかって来ると自分が読みたいと思う本に導いてくれる確率がグンと上がる。例えば私が個人的に好きなのがマンチェスター大学のダイアン・コイルという教授のブログ「Enlightened Economist」だ。ハイブロウすぎず、文章のスタイルも好きで、勝手に一緒にお茶を飲んだら面白い話を聞けそうなインテリの先輩のおばちゃん、と想像して時折更新情報が届くと読んだりしている。

 とはいっても、これはビジネス書をお探しの皆さんにオススメしているわけではない。日本で翻訳するためのビジネス書を探す場合、刊行後にブロガーが読み終わる頃には時すでに遅しという場合が多いからだ。そういう情報が欲しければ、リテラリー・エージェントでビジネス書を扱っている人や、プロの「タイトル・スカウト」と呼ばれる人から情報を得るに限る。

 一方で、書評家でもブロガーでもないが、読んで面白かった本を発表しては話題になる有名人もいる。ビジネス書で注目したいのはビル・ゲイツだ。マイクロソフト創業で巨万の富をえ、今は悠々自適、好きな本を読む時間もたっぷりあるようだ。クォーツというオウンドメディアで春先に「この夏読むべき本」を紹介するのだが、これが他のメディアでも取り上げられ、人気がある。

 選ばれる本がビジネス書であることは少ないが、彼のようなアントレプレナーが日頃どのような本を読んでいるのかがわかるので、興味深い。今夏のリストには、今日本でも翻訳されて話題のJ・D・ヴァンス著『ヒルビリー・エレジー』(光文社)や、『サピエンス全史』に続くユヴァ・ノア・ハラリの新刊『ホモ・デウス』が入っている。

 昨年まではオバマ大統領も初夏と年末に「休みの間に自分が読みたい本(積ん読本と言ったところか)」を定期的に発表して、米国民の読書熱を煽っていた。ホワイトハウスにいた8年間、自らの拠り所としたのは読書だった、とニューヨーク・タイムズの書評家、ミチコ・カクタニのインタビューで回想している。

 アメリカでも近年は新聞や雑誌の書評セクションが縮小され、多くの書評家が解雇になっている。今の時点で本に関する情報で定評があるのは、レビュー専門誌(であるがゆえ刊行前の早い情報が手に入る)Kirkus Reviewだが、今読める本では意外にもNPR(National Public Radio)のポッドキャストやブックレビューが詳しい。

 ネットでは読書好き人間のためのディスカバリーサイトを謳うGoodReadsも参考になる。GoodReadsは2013年にアマゾンに買収されたが、そのアマゾンのレビューは玉石混交で参考にならないことが多い。嫌がらせのようなネガティブなレビューもさることなりながら、アメリカのアマゾンでは著者が金を払ってポジティブなレビューを買うのも問題になっている。

 ビジネス書以外にも同じことが言えるだろうが、「◯◯賞」というお墨付きがない情報過多の状況においては、生き残りの鍵は「信用度」にある。欧米のフェイクニュースや国内のウェルク問題でもそれは同じだ。信用度を積み上げていくのにも、信用できる情報を見極めるのも結局は、頼れるのは自分しかいないというのがネット時代の真実なのだ。