少子化が進んでジリ貧と思われがちな紙おむつ市場。ところが紙おむつに使われる高吸水性樹脂(SAP)の世界最大手である化学品メーカーの日本触媒は今夏、国内と海外で同時にSAPとその原料を増産するための設備投資に乗り出した。300億円を超える大型投資の意味はどこにあるのか。

紙おむつに使われる高吸水性樹脂(SAP)は白い粉状の樹脂。左は青い水を吸った状態。吸収した水分は圧力をかけても逃さない性質を持つ。

 SAPは尿を素早く吸収して固める樹脂で、紙おむつの性能を左右する最重要材料の一つ。化学品メーカーが生産して紙おむつメーカーに供給するケースが主流だ。日本触媒は7月末にインドネシアで約3億ドル(約240億円)を投じてSAPとその原料を生産する設備を、8月頭には兵庫県姫路市にある生産拠点に約110億円を投じてSAP原料の生産設備をそれぞれ増強するプラント建設に着手した。

 日本をはじめ多くの先進国は少子化によって乳幼児に使う紙おむつの消費が鈍化している。業界団体である日本衛生材料工業連合会がまとめた国内需要予測を見ると、乳幼児用の10年実績は86億3000万枚(国内市場向け国内生産枚数)。対して15年の予測は82億9700万枚で、10年からの微減が予想される。にもかかわらずSAPの増産に動いているのは、日本触媒に限ったことではない。なぜなのか。

 じつは紙おむつ市場はジリ貧どころか、需給がひっ迫する成長市場に進化している。日本や先進国の少子化による需要縮小を相殺して余りある需要増加の要因が二つ、表面化してきたからだ。

 一つは少子化に並行して進む高齢化だ。高齢者が増えることで大人用の紙おむつが一般化し広く使われるようになっている。国内市場で大人用は10年実績の44億3100万枚(実績)に対し、15年の予測は52億6900万枚と5年間で2割増が見込まれる。少子高齢化が進む先進国では乳幼児用の需要減を大人用がカバーし、紙おむつ全体では需要増が続くことが予測されるわけだ。

 もう一つ、需要増に結びつくのが新興国における所得水準の向上だ。国民1人当たりの国内総生産(GDP)が3000~5000ドル(約24万~40万円)を超えると、乳児用の紙おむつは本格的に売れ始めると言われる。中国は08年、インドネシアは10年にそれぞれ3000ドル(約24万円)を超え、定説通りに紙おむつ需要は急速な拡大を見せている。

 紙おむつの世界最大手メーカーは「パンパース」のブランドで有名な米プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)、これに続くのが米キンバリークラーク、3番手が日系のユニチャームで、米国メーカーの強さが目立つ。一方、紙おむつメーカーに供給するSAPに関しては世界首位の日本触媒が3割弱のシェアを占め、2位と3位は欧州勢だが、4位と5位には三洋化成工業と三菱化学の合弁会社であるサンダイヤポリマー、住友精化が入る。SAPに必要な高度な生産技術とともに、紙おむつメーカーが要求する性能や機能にきめ細かく応えることで日系勢は存在感を強めた。

 もっとも今のポジションが盤石であり続ける保障はない。SAPの現在の世界生産能力は年間約170万トンで、フル稼働状態。今後も市場は年率7~8%で伸び、とりわけ新興国が二ケタ成長が見込まれる。ここにチャンスを見いだし、韓国のLG化学や中国メーカーが参入してきている。

 市場が拡大するなかでトップシェアを維持するには「今回投資した設備が稼働する13年以降も能力増強を繰り返す必要があろう」(日本触媒)と覚悟する。価格勝負も仕掛けてくる新たな競合に対して。長年築いてきたシェアは一定の競争優位性を持つ。シェアを守る意味でも増強の手を休めるわけにはいかない。店頭に並ぶ商品パッケージからは見えない水面下の紙おむつ戦争は世界規模で激化していくことになる。

(「週刊ダイヤモンド」編集部 臼井真粧美)