ニューヨークと東京を往復し、世界中の書籍コンテンツに精通するリテラリーエージェント大原ケイが、トップエリートたちにいま、読まれている話題の最新ビジネス書を紹介する好評連載。第10回目は、トップアスリートにみるビジネスバズワードについて。

涙なしには読めないアスリートの自伝

 どんな種目のスポーツにおいても、トップレベルのアスリートが語る話には「感動」がある。それは、生まれ持った才能もさることながら、気の遠くなるような練習を積み重ね、自らの肉体を追い込んで改造し、一瞬のミスで全てがふいになるような場面であっても発揮される彼らの強靭な精神力が観る者を凌駕するからだろう。

 試合に勝った負けたと、結果に一喜一憂するのは勝手に応援する側なのかもしれないと思うほど。逆立ちしても同じようにできそうにないからこそ、アスリートはヒーローとなる。

 それでも、彼らのストーリーから学び、ビジネスに活かせる部分がないわけではない。最たるものはおそらく「セルフ・ディシプリン」と呼ばれる領域だ。このコラムでもしばしば「グリット」だの「ライフシフト」だのと、外来語をかまして申し訳ないのだが、日本語でピタッとくる表現がない場合、どうしてもカタカナでそのまま表記してしまう。セルフ・ディシプリンはつまるところ、「自己規律」と訳すのがいちばんしっくりくる気がする。スポ根の「根性」に当たるものかもしれない。つまりは自分に鞭打って立ち上がる気力のことだ。そしてセルフ・ディシプリンは才能と関係ない。

 能書きはそのぐらいにして、まずは、アスリートが自らを語った本を紹介しよう。厳選なる推薦の基準は…これまで私が読んで思わず泣きそうになった既刊書を4冊(本で滅多に泣かないので)ということだ。多少古いのもあるが、読み直す価値はある。

OPEN: An Autobiography/Andre Agassi(日本語版:『OPENーアンドレ・アガシの自叙伝』ベースボールマガジン社、2012)

 現役時代、長い亜麻色の髪をなびかせ、派手なアクションでコートを駆け巡るアンドレ・アガシは、そのイケメンぶりがちょっと鼻につく貴公子だった。引退してから何年も経ってその彼が、赤裸々に過去を明かし、苦しい胸の内を吐露したメモワール。イラン系移民の父に厳しくトレーニングを強要され、息子として愛された記憶もなく、なまじっかテニスで成功を収めたばっかりに、子どもらしい青春も送れず、当時はテニスが嫌いだったとも。

 ハリウッドスターとして子役から同じような境遇で育ったブルック・シールズと結婚したのも、これを読めば心情がわかる。テニスから遠く離れてようやく自分はテニスが好きだ、今の自分が好きだと言い切る清々しさが胸を打つ。

SOUL SURFER/Bethany Hamilton(日本語版:『ソウル・サーファーーサメに片腕を奪われた13歳』ヴィレッジブックス、2005)

 サーフィンといえば、湘南でヤンキーな若者が興じるお遊びのように捉えられがちだが、世界の舞台ではサーフィンは命がけのスポーツであり、生き様だということがわかる。べサニー・ハミルトンといえば、スラッとした手足と金髪碧眼の愛くるしい少女が、サーフィン中にサメに襲われ、片手を食いちぎられるという壮絶な経験をしたことでニュースになり、知られている。

 だが、そこでお涙頂戴のストーリーにならないどころか、片腕になってからが彼女の真骨頂、少しも怯むことなく練習を再開、数ヵ月後にはトーナメントで入賞するのである。映画化されたので、そちらを観るのもありだが、これは彼女のストーリーでもあり、それを支える家族や仲間のサポートに脱帽。

I NEVER HAD IT MADE/Jackie Robinson(日本語版:『黒人初の大リーガーージャッキー・ロビンソン自伝』ベースボールマガジン社、1997)

 米メジャーリーグ史上、初の黒人プロ野球選手として、圧倒的な能力を見せつけた伝説のアスリート、ジャッキー・ロビンソン。彼のすごさを描いた本は多々あれど、彼が自分の言葉で自分の反省を語ったのはこれっきり。I never had it madeというタイトルは「誰にもお膳立てしてもらったことなんてなかった」というような意味。彼の人生がそのままアメリカの公民権運動の歴史となっている。