ドラマは文学ではなく、力学です。時間芸術なんです。
――印象的といえば、むめの夫人の父、清太郎も強烈なキャラクターに仕立て上げられていて、とても心に残ります。
清太郎さんが実際どんな人だったのか。それは会いに行けるわけではないのでわかりませんが、船乗りで、自分で船を持っていて、朝鮮半島にまで出掛けていって貿易をしていた人ですからね。それなりの面白い人だったと思うんですよ。だから、そういう人として、描きたかった。
ただ、船を脚本で書いてしまったものですから、これはセットが大変だったようで(笑)。思った以上に立派な船が映像になっているみたいでしてね。
小説と違って、脚本は何を考えないといけないのかというと、制作予算なんですよ。予算をオーバーする台本を書くと、会社がつぶれてしまう(笑)。そうなると、ギャラがもらえなくなるわけですね(笑)。
だから脚本家は、いかに予算を、登場人物を、セットを少なくできるか、を考えないといけないんです。それこそ、1000騎が山を下る、なんて書いたら、相手にしてもらえません(笑)。
――そこが、小説との違い、ということになるのでしょうか。
小説は心理描写できますが、ドラマは心理描写できないんです。俳優に任せるしかない。「ありがとう」というセリフも、「バカヤロー」という顔をして言ってほしい場合もあれば、心の底からありがとうと言ってほしいときもあるわけですね。言っていることと本音は違ったりする。それが人間でしょう。こういうことを、どこまで理解して演じてもらえるか。
ドラマは文学ではなく、力学だと僕は言っています。時間芸術です。時間の中で強弱や抑揚をつけて、常に相乗効果を考える。この場面があって、次の場面があったら、かけ算になっていないといけない。その意味では、建築に似ていますね。設計図のようなものです。
――脚本は書いて終わり、ではない、と。
小説家は書けたら完成ですが、僕らは役者が演じて完成になる。役者に委ねなくちゃならない。何十人ものスタッフとの共同作業なんです。そのための設計図を書いているだけです。その設計図をうまく膨らませてくれる力もあれば、しぼむ場合もある。がっかりすることもありますよ、正直に言って。でも、うれしくなることもある。
――では今回は、どんなところに、設計者としての楽しみを感じましたか。
意外性がひとつありましてね。それは、まさか松下幸之助さんという人が、あんな人だったとは思わなかった、という発見があったことです。経営の神様で、偉人で、立派な人ということになっていますし、そういう報じられ方しかしていない。でも、間違いなく、そうじゃない面もあったはずなんですよ。
実際、やっぱりそうだったんだ、と。それは、小説にも随所に出てきます。暗くて、神経質で、躁鬱が激しくて。でも、それも幸之助さんの魅力なんですよ。実は、そういうところ、偉大な幸之助さんの姿じゃないところだって、みんな見たかったと思うんですよ。人間、松下幸之助です。
『神様の女房』ですけどね、神様じゃない幸之助さんこそ、書いていて面白かったんですよね。
1935年6月10日、旧満州奉天(瀋陽)生まれ。
大阪府立市岡高校を経て、劇団俳優座養成所に入る。
1955年テイチク新人コンクールに合格、13年歌手生活。
1967年「月刊シナリオ」のコンクールに入選。
野村芳太郎監督に師事、脚本家となり現在にいたる。
他に舞台演出、映画監督、小説、エッセイなども手がける。
♦主な作品 ♦
映画「さらば夏の光よ」「ふりむけば愛」「善人の条件(監督も)」
演劇「翼をください」「花丸銀平」「真珠の首飾り」「さぶ」「つばめ」
小説「八代将軍吉宗」「存在の深き眠り」「憲法はまだか」「ドクトル長英」
戯曲集「結婚という冒険」「安楽兵舎VSOP」「巨人の帽子」
エッセイ集「ヤバイ伝」('99.1月~'02.4月週刊新潮連載より)
♦TVドラマ受賞作品 ♦
「けものみち」テレビ大賞優秀番組賞(82)
「澪つくし」第7回日本文芸大賞脚本賞(86)
「父の詫び状」プラハ国際テレビ祭グランプリ(87)
「独眼竜政宗」プロデューサ-協会特別賞(88)
「八代将軍吉宗」第16回日本文芸大賞(96)
「憲法はまだか」「存在の深き眠り」放送文化基金賞脚本賞(97)
第50回NHK放送文化賞(99)
「弟」第13回橋田賞大賞(05)
ダイヤモンド社書籍編集部からのお知らせ
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松下幸之助を、陰で支え続けた“もう一人の創業者”、妻・むめの。五里霧中の商品開発、営業の失敗、資金の不足、関東大震災と昭和恐慌、最愛の息子の死、そして戦争と財閥解体…。幾度も襲った逆境を、陰となり日向となり支え、「夫の夢は私の夢」と幸之助の描いた壮大なスケールの夢を二人三脚で追いかけた感動の物語。
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