水でこねる十割更科の難易度は超ウルトラ級
品の良い香りと歯を跳ね返すような腰が絶品
発芽蕎麦(豊穣)は手間、暇をたっぷりかけて誕生する。甕の中で水に漬し、25℃程度に保ち蕎麦の発芽を促す。冬は電気毛布でくるみ、夏は逆に保冷しなくてはいけない。発芽時間も季節でまちまちだ。発芽させすぎてもいけないし、芽が小さくてもよい蕎麦にならない。濡れた蕎麦は石臼ではなく、フードプロセッサーで挽く。たいがいの蕎麦職人はここでくじけてしまう。
その難易度の高さに打ち勝つと、豊穣は素晴らしいご褒美※3を与えてくれる。それは、これまでの蕎麦が持ち得なかった深い味わい、樹液を燻したような重たい匂い、もっちりした噛み応えがあって、後を引く。
さらに、盛り合わせで来る更科蕎麦(吟白)もまた難易度ではひけを取らない。更科※4の白い粉は極微粒で普通は小麦を2割程度つなぎにして、熱湯を注いで糊のようにしてこねあげる。「手打茶寮」の吟白はつなぎを入れず、湯ではなく水でこねる。技術的には超ウルトラ級の難易度で、プロの職人でも打てる人は1%に満たないかもしれない。
吟白は品のよい香りがして、歯を跳ね返すような腰がある。この二つを盛り合わせた吟醸2色盛り合わせは、招く人を豊穣の大海に誘うだろう。
※3 素晴らしいご褒美(発芽蕎麦の効用):発芽期に発生する糖化酵素による甘みの増加、餅のような食感、独特のぬめり、従来の蕎麦の概念が変わる。新芽の誕生によって、ルチンなど、元々そばに含まれている優れた成分の増加、そしてまたブロックされていて使えなかった成分が生じると言われている(出典:「発芽蕎麦への道」大西利光著)。
※4 更科:蕎麦は殻を剥くと実は甘皮、胚乳、胚芽の部分からなる。更科粉とか1番粉、御膳粉と言われるのは胚乳の部位で、極微粒の粉で、細かな篩にかけるとその白い粉が取れる。江戸後期にその更科で名前を上げた麻布「布屋太兵衛」が有名。御膳粉の由来は殿様献上の蕎麦、高級蕎麦の意味といわれる。