大切なことは、今も昔も、変わらない

 我々は、もしかして、大きな思い違いをしているのではないかと僕は稲垣氏の話を聞いて思った。

 古今東西、人類は、生きるために働いてきたはずだ。
 悦楽のために、働いてきたわけではない。
 誰かのために、そして、自分が生きるために、懸命に働いてきたはずだ。
 この大前提を、我々はともすれば、忘れてしまいそうになる。
 そして、ほとんどの与えられる仕事は、好きな仕事ではない。

「でもね」とやさしく微笑みながら、85歳を超えた稲垣篤子氏は言う。

「たとえ、本当にやりたかったことじゃなくてもね、やっているうちに、夢中になっちゃうんですよ。どうすれば、もっと美味しくなるか、どうすれば、お客さまにもっと受け入れられるかを考えるのが楽しくなるんですよ」

 もしかして、昭和一桁世代と平成生まれの方を比べるのは意味のないことなのかもしれない。
 けれども、人間の本質は時代によらず、変わりないと僕は思うのだ。
 大切なことは、今も昔も、変わらないと思うのだ。

 稲垣篤子氏のように、いい意味で働くことの意義を過信せずに「諦観」し、働くことについて静かに「覚悟」を決めることができるのならば、すべての仕事は、楽しくなるのではないだろうか。時間を忘れて、夢中になるのではないだろうか。

 これが、もしかして、働き方を変えるための、最も有効な意識革命なのかもしれない。

 帰り際、稲垣氏にこう言ってみた。

「もう、いいんじゃないですか?カメラの封印を解いても」

 稲垣氏は、未だ足腰も強く、頭脳も明晰で、何よりチャーミングである。
 稲垣氏は微笑んで、こう言った。

「そうね」

 稲垣氏の目の前には、井の頭公園の紅葉した木々が、午後の光の中で煌めいていた。