「ポスト・スマホ」時代の覇権争いに手を挙げた

 では、マイクロソフトはどうやって稼ぐのか。これこそが、クラウドによるビジネスだ。クラウドサービスを導入してもらい、「たくさん使ってもらう」のである。そのトラフィックそのものをマネタイズしていく。使ってもらえば使ってもらうほど収益になる仕組みだ。

 ここでたくさん使ってもらうには、デバイスやOSは自社製品のみならず、他社製品でもまったく構わない。競合も含めたいろんな会社で素晴らしいIT環境を作れば、それだけクラウドを使ってもらえることになる。前出の樋口前社長は語っていた。

「マイクロソフトの強みを最も出せるビジネスにフォーカスしましたね。クラウドビジネスで圧倒的な存在感を持つ会社になった。一時はレガシーの部類に入れられていましたが、完全に生き残る会社になりました」

 前出のコミュニケーションのトップ、フランク・ショー氏は象徴的なシーンを覚えているという。

「サティアが舞台に立って、iPhoneでOfficeをデモしたことがあったんです。ドリームフォースというセールスフォース・ドットコムのイベントで協力体制の発表のときでした。マイクロソフトはもっと解放され、コラボレーションする会社になる。そんな宣言でもありました。競合とデモをやってしまったわけですから。もちろん競争もしますが、協力もする。でも、そのほうがお客さまには、そして私たちの会社にとっても、最終的にはプラスになるということなんです」

 そしてクラウドへの鮮明なシフトは、マイクロソフトの存在をよりはっきりさせることになった。樋口氏が語っているように、レガシーの部類から、クラウド領域で世界で戦える数社の一角を担う存在へと転換させることに成功したのだ。

 さらに脱Windows、脱自社製品主義によって、新しい可能性が開けてきた。持っていた技術を、オープンに世界に打って出ることができるようになったのである。また、競合の技術を自分たちの製品とコラボレーションさせることも可能になった。

 もしかしてこれこそ、株式市場の反応の背景だったのかもしれない。端的にいえば、次の未来を担うIT企業はどこか、ということだ。パソコンのOSで9割以上のシェアを持つ世界最大のソフトウェア会社が他の企業と積極的にコラボレーションしたとき、そのインパクトは計り知れない。

 ほぼすべてのデスクと家庭にコンピューターが行きわたったとき、マイクロソフトはスマートフォン時代に乗り遅れていた。しかし、スマートフォンが十分行きわたった今、次の「ポスト・スマホ」時代の覇権争いに、マイクロソフトは手を挙げたのではないか。

 パソコンからスマートフォンへの移行が一気に進んだような、大きな再編がこれから起きないとは限らない。スマートフォンの歴史は、まだ10年ほどしかないのだ。この先10年、本当にスマートフォンが世界を席巻し続けるのか。それとも、新しい再編が起きるのか。

 このとき誰が王者になるのか。株式市場は、それを見越しているのではないか。

 マイクロソフトのオープン戦略は、後述するAIやMR(Mixed Reality/複合現実)の進化と連動しながら、市場の大きな期待へとつながっているのだ。

(この原稿は書籍『マイクロソフト 再始動する最強企業』から一部を抜粋・加筆して掲載しています)