『「イノベーターのジレンマ」の経済学的解明』『「イノベーターのジレンマ」の経済学的解明』
伊神満 著(日経BP社/1800円)

「トップ企業も、組織的、心理的要因でイノベーションに失敗し、新興企業に取って代わられる」。米ハーバード大学の著名な経営学者、クリステンセン教授が『イノベーターのジレンマ』(原題)でこう論じたのは1997年。世界的なベストセラーは、20年後の今でも世界中の経営者が座右の書として挙げる。

 しかし、教授の警鐘が浸透しているにもかかわらず、世界のトップ企業が失敗を繰り返すのはなぜか。まさか“積ん読”か。本書は、経営学の大問題を経済学の立場から解明したものだ。挑んだのは、米イェール大学で教える新進気鋭の日本人学者。エッセー仕立てで、一般の読者にも分かりやすい。

 論点は三つ。まず「共食い」仮説。新技術で新製品を投入しても、旧製品と競合する限り、利益は増えない。旧製品で成功した大企業は失うものが多いため、イノベーションの意欲が湧かない。とはいえ、既存企業こそ真っ先に新技術を買い占め、イノベーションを進めているのではないか。これが二つ目の論点で、事実、米フェイスブックも自らの脅威になり得た米インスタグラムを高額で買収した。

 三つ目の論点は、既存企業と新規参入者のどちらの能力が高いのかである。イノベーション研究の創始者、経済学者のシュンペーターは、欧州時代に「新技術を生むのは起業家精神にあふれた新興企業」と論じたが、晩年、米国に移ると「大企業の研究開発で若い起業家は早晩消滅」と宗旨変えした。正しいのは若き日のシュンペーターか、晩年のシュンペーターか。

 データ解析の結果、トップ企業のジレンマは、イノベーション能力の欠如ではなく、意欲の問題と判明する。いかに研究開発能力が高く、経営者が合理的かつ戦略的でも、新旧の製品が共食いを起こす限り、既存企業はイノベーションに積極的になれないのだ。ならば、経営者はどうすべきか。足枷が共食いなら、創造的な自己破壊を行うべく、自ら共食いを積極的に推進するのが答えだが、著者も認める通り、その実践は容易ではない。故にジレンマなのだろう。

 このほか、政府が税金を使って、技術や投資の目利きと称し、企業再生ファンドに取り組むのは、ゾンビ企業を生き永らえさせるだけで、税金の無駄遣いと切り捨てる。誤った政策を進めるのは、イノベーションが不足していると考えるからなのだろう。ただ、全企業が一斉に行う必要はなく、やれる人がやる、やれる会社がやることが大事で、案外、世の中はうまく回っているのが、研究からも確認されたという。やはり、政府が余計な手出しをしないことが肝要だ。

(選・評/BNPパリバ証券経済調査本部長 河野龍太郎)