現場で使えるAIを実現する

ムーギー:小売・流通業で面倒なプロセスを一通り体験し、現場で使えるところまで実現できた。岡田さんは、PoC(Proof of Concept:実現可能性を検証する行程)で終わるのではなく、この「本番で使えること」も強みだとお考えのようですが、本番で使えるとは、具体的にどのようなことを指すのか、教えていただけないでしょうか。

岡田:機械学習では、必ずあるタイミングで再学習が必要になるんです。例えば、小売・流通業の現場では、夏と冬で顧客の年齢を特定する精度が変わるんです。これは、太陽光の位置が変わるからなんですよね。

ムーギー:なるほど。

岡田:あとは、例えばオープンしてみたら、想定していた以上に外国人客が多い店舗などでは、外国人客の画像についても追加で学習をしなければならないといったことも出てきます。現場で使える状態を維持するために、データをアップデートし続けなければいけません。この「再学習」の問題にまで対応していないサービスが多い。

ムーギー:再学習させることは、そんなに難しいんですか。

岡田:結構難しいですね。データの保管、バージョン管理など技術的な研究開発がいくつか必要です。

ムーギー:では、この分野で先行して市場を切り開けたのは、強みになりますね。技術面で、すぐに追いつかれる可能性は低い。

岡田:2012年にサービス提供を開始したのですが、この頃競合は全くいませんでした。この手のサービスを提供する企業が体験するであろう苦労は、一通り、一番初めに経験しています。その苦労をサービスの改善に活かして、さらによりよいものを提供する。そのサイクルが一番早く回って、ノウハウをどんどん蓄積できている。他社よりもデータも経験も蓄積できているという、ファーストムーバーの強みはあると思います。

ムーギー:IT業界は特に、先駆者のところにデータが1番貯まるので、差を覆しにくいということですね。

岡田:今からグーグルの検索エンジンに挑もうとしても、誰も勝てないという状況と、同じ論点ですよね。もちろん、グーグルほど他社と差をつけられている訳ではないのですが。

AIを全く活用できない企業の共通項

ムーギー:ブルー・オーシャン戦略では、「非顧客層」をいかに取り込むのかを重視しています。御社のサービスは、実店舗の小売・流通業などこれまでビジネスにAIを利用していなかった層を取り込めていると思います。反対に、御社のサービスを検討して使わない層や、取り込むのに苦労する層はいるのでしょうか。

岡田:検討して使わない層なのですが、弊社のサービスを使わずに、自社でプラットフォームを作ろうという意思決定をした方たちが多いです。
 本番運用できるかどうかはさておき、我々の提供する小売・流通向けのサービスの基盤となる技術「ABEJA Platform」は、自社のデータセンターとアマゾンのAWSを使っています。このプラットフォームを活用して小売・流通向けのSaaSを運用していますので、例えば同様の仕組みを、自社で構築しようと思えば、できないことはありません。最終的に自社でやろうという意志決定を下される大企業さんは結構多いです。

ムーギー:自社で一から作るとなると、手間もコストも高くつきそうな気もしますが。データを他社に出したくないという。

岡田:おっしゃるとおりですね。これが一番多い理由だと思います。

ムーギー:なるほど。では、御社のサービスの利用を途中で辞めた層もいますか。

岡田:いらっしゃいますね。その層に関しては、AIは魔法の杖という感覚を、信じていらっしゃる方が多くて。「AIを導入すれば、何かすごくよくなると思ったけど、全然使えないよね」と。AIは万能ではないとお伝えしているのですが、そこがなかなか理解されにくいポイントです。
 自社のどのような課題を解決したいのか。その課題設定をしていただかないと、成果も出ません。課題を解決することで、どんな成果が出るかという仮説を持つことも大事ですね。目的なく、取りあえずAIを入れて、何か知らないうちに業績が改善されている…とはいきません。魔法の杖を振っている訳ではないので(笑)。

ムーギー:目的なく、とにかく導入してみたけど、どうにもならなかったと(笑)

岡田:そうです。AIに「新しくこのシステムを設計して欲しい」、「新商品を作って欲しい」というようなことは任せられません。「そもそも新商品って何ですか」というところからスタートしてしまいます。ある程度制約がある状態での新製品であれば、可能かもしれません。けれどもゼロから全部AIにやって欲しいという要望は無理だとお伝えしていますね。

ムーギー:AIに対して、期待が大きすぎ、誤解がある感じがしますね。

岡田:そうですね。
 あとはAIを活用する目的をしっかり持っていらっしゃっても、その改善に対してROIが合わないという場合も多い。自社の課題を解決しても、月々3000円しか改善効果はないよ、という領域に、AIを活用してしまっている。そのため、使えば使うほど赤字になるような現象が起こることもあります。