人工知能(AI)が話題になっているが、日本での盛り上がりに先行すること2012年に、AIを活用するサービスの提供を始めたのがABEJAである。同社のサービスは、どのような顧客を取り込み、ブルー・オーシャンを開拓したのか。著者のチャン・キム教授(INSEAD)に任じられ『ブルー・オーシャン・シフト』の日本企業ケースを執筆したムーギー・キム氏が、代表取締役社長の岡田陽介氏にAI導入で企業が陥る罠や同社の戦略などを聞いた。(構成:肱岡彩)

予測できる「レッド・オーシャン」を避ける

AIが企業のインフラになる時代をつくるムーギー・キム
ブルー・オーシャン・シフト研究所日本支部 代表
慶応義塾大学総合政策学部卒業。INSEADにてMBA(経営学修士)取得。外資系コンサルティングファーム、投資銀行、米系資産運用会社、香港でのプライベートエクイティファンド投資、日本でのバイアウトファンド勤務を経て、シンガポールにてINSEAD 起業家支援企業に参画。
INSEAD時代に師事したチャン・キム氏に任じられ、世界中に拠点を有するブルー・オーシャン・シフト研究所の日本支部の代表として、新刊『ブルー・オーシャン・シフト』では、付録の日本ケースの執筆を担当している。著書に『一流の育て方』(ダイヤモンド社)『最強の働き方』(東洋経済 新報社)、『最強の健康法』(SBクリエイティブ)などがある。

ムーギー:御社のビジネスは、AIを活用して、事業の自動化効率化を図るソリューションが柱になっていると思います。具体的には、どのようなサービスを提供されているんですか。

岡田:弊社のコア事業は、「ABEJA Platform」というディープラーニング等のAIを、社会実装する上で必要なパイプラインをプラットフォームで提供する事業です。この、コア事業から派生して、最初にサービス化しローンチしたのが、小売・流通業向けの店舗分析ツールです。小売・流通店がPOSデータを通じて商品を購入した顧客の情報を得ることは簡単ですが、購入に至らなかった顧客の情報を得ることは難しいですよね。

 我々のサービスでは、店舗に設置するネットワークカメラを通して、入店から購買までの来店客の行動を捉え、その動画データを、AIを活用して分析しています。来店人数のカウント、年齢や性別の判別、滞在時間や動線など、これまで測定が難しかった部分を自動で測定し、見えなかった顧客を「見える化」しています。また、2018年5月末には、リピート客を可視化する「リピート推定」機能も提供を開始しました。

 弊社のサービスを利用するお客さまは、そのデータを活かして、店舗改善につなげていらっしゃいます。

ムーギー:今までデータが取りづらく、定量的に分析が出来なかった部分の分析を可能にしたと。小売・流通業以外でも活用できそうなサービスですよね。御社がビジネスを開始するに当たって、まずこの業界を主戦場にしようと決めた理由は何だったのでしょうか。

岡田:実は、消去法に近くて(笑)
 某ICT企業に勤務している際に、2011年の年末から2012年にかけてシリコンバレーに派遣されたんです。最先端のAIをはじめとするコンピューターサイエンス領域の技術やビジネスをリサーチする中で、第3次AIブームの火付け役となった、機械学習の手法の1つ、ディープラーニングがシリコンバレー界隈で話題になり始めていました。このディープラーニングとの出会いにより、起業を決意し、帰国後にABEJAを創立しました。

 けれども、起業当時、私は23歳。最初は製造業の工場にディープラーニングを軸としたAIを導入してもらおうと営業に行き、「工場にカメラをつけさせてください」「センサーをつけさせてください」と言いましたが、「バカじゃないの?」「何であなたたちのセンサーを、うちがつけなきゃいけないんだ?」…となる訳です(笑)

 年齢も若かったし、当時はまだ2012年。IoTやAI、ましてやディープラーニングなんて言葉もまだ普及しておらず、かなり苦戦しました。

ムーギー:なんか怪しいねと(笑)

AIが企業のインフラになる時代をつくる岡田 陽介
株式会社ABEJA代表取締役社長。
1988年愛知県名古屋市出身。10歳からプログラミングをスタート。高校でCGを専攻し、全国高等学校デザイン選手権大会で文部科学大臣賞を受賞。大学在学中、CG関連の国際会議発表多数。その後、ITベンチャー企業を経て、シリコンバレーに滞在中、人工知能(特にディープラーニング)の革命的進化を目の当たりにする。帰国後の2012年9月、日本で初めてディープラーニングを専門的に取り扱うベンチャー企業である株式会社ABEJAを起業。2017年には、ディープラーニングを中心とする技術による日本の産業競争力の向上を目指し、他理事とともに設立し、日本ディープラーニング協会理事を務める。

岡田:そうなんですよ、一言で言うと「怪しい」(笑)
 なので早々に、2012年時点で、製造業を市場として狙うのはちょっと無理でしょうと結論付けたんです。シニアベンチャーだったらまだしも、若者のベンチャーが、取りあえずドアをノックして入っていける領域じゃない。医療も同じような状況でした。ほとんどの領域で門前払いでした。

 その中で小売・流通業は、結構話を聞いてくれたんです。当時はスマポさんのような、来店ポイントが貯まるアプリが提供され始めていました。ECも普及しておりテクノロジーとの親和性も高く、ちょうどスタートアップが小売・流通業に対して、ソリューションを提供し始めたころだったんですよね。

ムーギー:小売・流通に関しては、他のスタートアップが前例を作っていたので、受け入れてくれる素地があったと。

岡田:良い意味で、小売・流通の経営者の方々は、スタートアップから営業を受けるのに慣れていらっしゃったんです。「コラボレーションできるところはコラボレーションしたいよね」というスタンスの方も多く、また実店舗が抱える課題も多々あったため、導入のハードルが他の業界と比較して低かった。

 導入の可能性が高いという感触を得て、小売・流通業界でAIを導入する場合、どの部分の問題を解決することがイノベーションになるのか――と考えたんです。

 購入後の分析もいいけれど、来店者が「来店して購入するまで」や「来店して購入せずに退店するまで」という点については、ECでは取れているデータが実店舗ではデータ取得できていない。この部分が攻められそうだなと結論付けました。

 それともう一つ、シリコンバレーに滞在していたこともあって、インターネットの領域でビジネスをやりたくなかったんですよ。

ムーギー:ん、と言うと…?

岡田:結局、インターネットの領域で新しいビジネスを創り出してもグーグルやフェイスブックが既に伏線をはっているビジネス領域であり、たとえ、彼らが後から参入しても、ほとんど市場を取ってしまう可能性が高いからです。

ムーギー:すぐに、同じようなビジネスモデルを展開されて、取れられるなと。

岡田:今まで100万で売っていたものが、「突然0円になりました」みたいなことが、よくあるんですよね。例えば、昔は翻訳ソフトがたくさんありましたが、それもグーグルが提供したグーグル翻訳というサービスに取ってかわられました。

ムーギー:なるほど。

AIが企業のインフラになる時代をつくる

岡田:そういった状況をシリコンバレーで目にしていたこともあって、結局インターネットの領域でいくら戦っても勝てないことは、よくわかっていました。
 小売・流通業みたいなリアルな領域でのビジネスで、電源コンセントを探して、カメラをつけて…と、ちょっと泥臭いところから入らないと、インフラストラクチャーにはなれないことは、シリコンバレーで見聞きする中で痛感していたんです。

ムーギー:何でリアルの領域には、グーグル、フェイスブックは入ってこないんでしょう。参入するには市場規模が小さい?

岡田:それもあると思いますし、まずそもそも、シリコンバレーでは、ソフトウエアを扱うベンチャーは多くても、ハードウエアを使うビジネスモデルが少ないんですよね。苦手みたいです。

ムーギー:それは、どういうことなんでしょう。

岡田:ハードが入ってしまうと、ハードの保守・メンテナンスが必要になってきますよね。例えば、カメラを取り付けると、だいたい100個中2個が壊れるといったトラブルを起こすんです。

ムーギー:なるほど、だから保守が面倒くさい。

岡田:しかも、弊社の場合はカメラの取り付けは、当初は、僕自身がやっていました。「やってられない」って思うんじゃないでしょうか(笑)
 あとは、日本市場に関して言えば、サービス提供に必要なオペレーションが大変なんです。カメラの取り付け一つにしても、デパートなどに入っているテナントでは、事前の申請が必要なところも多い。そのあたりのオペレーションが、おそろしく手間なんですよね。

ムーギー:そうでしょうね。

岡田:他の企業がやれないとは言いませんが、参入当初のコストが大きく、難しいんです。海外企業が「スマートに利益を出したい」という感覚を持っているとしたら、それにはそぐわないビジネスモデルだと思います。
 結果的に、このややこしさを克服したことが、アドバンテージにはなっています。IoTセンサーの製造交渉、カメラを取り付ける施工業者さんのネットワークなど、手間をかけて泥臭い部分をつくり込むことに成功したのが強かった。

ムーギー:結果的に、この流れを構築できたことが、参入障壁になっている訳ですね。