EVははたしてバブルなのか?

永瀬 あと今回の作品では、EVつまり電気自動車を重要な素材として扱っています。EVについてもかなり取材をしたんですが、その印象でいうと、日本のメーカーは本音ではあまりEVに向かいたくない感じです。やはりガソリン車のサプライチェーンを崩したくないんでしょう。先日、深センに行ったんですが、中国はガソリン車では絶対に自動車先進国にかなわないから、国家をあげてEVに取り組んでいます。それは凄いですよ。世界的にもいまや明らかにEVシフトですし。

検察も警察も権力に無力。カネの力で悪を討つしかない加藤晴之(かとう・はるゆき)
1955年大阪生まれ。80年講談社に入社し、98年『フライデー』編集長、06年『週刊現代』編集長。講談社を退職し、17年に加藤企画編集事務所を設立。編集担当書籍に『海賊とよばれた男』『白洲次郎 占領を背負った男』『ザ・ラストバンカー 西川善文回顧録』『トヨトミの野望 小説・巨大自動車企業』『ミライの授業』『告白 あるPKO隊員の死・23年目の真実』(以上、講談社)等がある。

加藤 僕は以前『トヨトミの野望』という小説を担当したことがあります。日本の某自動車会社がモデルだろうと言われるんですが(笑)、まぁそれはよいとして、その作品でも大きなテーマなのがEVシフトです。それと自動運転。これらの取り組みに日本が出遅れたことを、メディアはあまり大きく報じてない気がする。『トヨトミの野望』のモデルになったといわれる会社などへの忖度があるのかな(笑)。

永瀬 それゆえ、世界の流れが見えにくくなっている面があるかもしれませんね。

加藤 ただ、EVの寵児とも言えるテスラが最近かなり大変な状況じゃないですか。テスラは新型EV「モデル3」を世界中に普及させるとぶち上げ、40万台も予約を取ったものの量産体制の構築にものすごく苦しんでいます。赤字続きで市場の声も厳しいなか、突如イーロン・マスクが非上場化を言い出してすぐに撤回するとか、迷走してますよね。バッテリーの性能もボトルネックです。一方で、ハイブリッド車の性能が向上しているし、マツダが高性能の次世代ガソリンエンジンを開発するといった状況もある。だから本当にEVが広がるのか、実体のないバブルなのかまだまだわからないような。

永瀬 そうですね。僕も取材するなかでバブル的な部分は感じていて、そのあたりを作品で書いたんですが、小説としてはかなり面白くなったと自負しています。

加藤 EV開発をめぐって登場するベンチャー企業や人物には、存在感がありますよね。超異次元金融緩和の日銀が株をいっぱい買うので、株高だし、円安。大企業にカネがだぶつき、そのカネが、いろんなあやしげなベンチャーに流れ込んでいる。たとえば先日、東大発のバイオベンチャーの株が大暴落しましたが、このあたりの新聞やテレビではわからない日本の裏側の実態に小説的な手法で斬り込んでいます。

永瀬 ベンチャー企業についてもいろいろ調べました。かつての暴力団・稲川会の石井会長の株買い占め事件などのように「反社」との癒着が問題になることもあるようです。いまはさすがにベンチャーの上場に当たっては審査が厳しいのですが、問題は、上場した後。上場さえすればこっちのもので、案外ザルなんだそうですね。

加藤 天下の東芝が、あんな粉飾決算していたのに司直の手が入らない国ですから(笑)。

永瀬 ベンチャー投資が年間18兆円と盛んなアメリカでも、まるで小説みたいな詐欺がありました。作中でも言及した「セラノス事件」です。血液1滴で何百種類もの疾病検査ができると謳い、シリコンバレーでユニコーン(評価額10億ドル以上で未上場の新興・ベンチャー企業)となった医療ベンチャー「セラノス」。同社の創業者であるエリザベス・ホームズは、スタンフォード大学を中退した美人起業家で、一流雑誌の表紙を飾り、テレビで特集番組が組まれ、莫大な投資を呼び込んで、世界最年少のビリオネアになりました。しかしそれもつかの間、米証券取引委員会(SEC)が、詐欺と判断して一巻の終わりでした。

加藤 リーマンショックの原因となった、金融工学を駆使したサブプライムローンを組み込んだ金融商品なんてのも、いまから考えたら詐欺みたいなもんです(笑)。

永瀬 それから、この作品にはミステリーの要素も盛り込みました。その点もぜひ楽しんでいただきたいですね。最初は単なる企業調査だったはずが、最終的には巨大な闇を暴くことになっていく。フリージャーナリストの有馬が必死に取材するうち、徐々に真相に迫っていくわけです。

加藤 いったいストーリーがどこに連れて行ってくれるのか、ワクワクしながら読ませるのはすごい。やっぱり謎解きがあるというのは小説にとって非常に魅力的ですよね。