集客手法の劇薬
「無料施策」をやめる
無料で釣った客は、引き留められないということがわかった私は、「無料施策をやめよう」という空気を社内につくっていくことに努めました。
とはいえ、会議で「無料施策をやめよう」と言うだけでは、「新規加入数の増加がすべてを解決する道」と考える人たちを納得させることはできません。
これまで無料や割引施策の実施によって加入者を獲得してきた実績がある彼らにしてみれば、「無料をやめよう」という提案は、自分たちの功績を否定されるようなもの。反発があるのは必至です。
そこで当初は、「無料施策をやめよう」と言うのではなく、解約施策の結果の数字を並べ、それに基づいた客観的事実を述べることに集中しました。
「こういう目的で加入した人は、こういう理由で解約を申し出てきました。それに対して、こういう言葉を投げかけると、○○%の人が解約を思いとどまってくれました。一方、無料施策を目的に加入した人は、いずれの施策も効果を発揮せず、解約リテンション施策の成功率は○○%に留まりました……」
といった具合です。
当時私は、営業部門の会議や経営層との会議などに定期的に参加していました。そういった会議において繰り返し、無料施策で加入した人にはどんな施策も効かず、解約を増やしているという事実を、データとともに淡々と説明し続けました。
また社長には、「無料施策は意味がありません。解約の再生産を繰り返しているだけです」「1件解約を止める方が、1件加入を増やすより経営への貢献度が高いと思います」と言い続けました。
こうした地道な取り組みの結果、経営層も徐々に、無料施策の解約増加に直結する副作用に言及し始めました。そして、解約は減らすことができるが、無料施策は短期解約につながり、打つ手がないことが社内的にも認識されるようになってきたのです。
組織変更は、
社内への効果的なメッセージ
そして会社は、解約防止部を格上げし、営業局と同レベルのカスタマーリレーション局とすることを発表。組織のミッション、人員構成はそのままで、私は局長兼部長になりました。
部が局に昇格する際、社長は「顧客を獲得することと、解約を抑止して顧客に継続してもらうことは同等の重要性を持つので、営業局とカスタマーリレーション局の2局体制にする」と説明しました。
「1件解約を止めるほうが、1件加入を増やすより経営への貢献度が高い」と主張していた私には多少引っかかるものがありましたが、客観的に見れば大きな進歩です。加入獲得一辺倒で解約は増えても致し方ないとしていた過去の社内の風潮に対して、会社の姿勢が示されたのですから。
とは言え、部から局に変わっても業務内容もメンバーも変わらなかったので、組織改定後しばらくは、社内の雰囲気には何の変化もないように見えました。
しかし「解約抑止は、新規顧客獲得と同様に重要」というメッセージは徐々にボディブローのように効き始めました。会社が組織を変更することは社内外へのメッセージなのです。
そのメッセージを受けとった関連部署の協力体制が厚くなり始め、解約抑止状況が全社に注目されるようになり、この業務の意義が周囲に認められたという変化を部員たちも感じるようになりました。解約抑止効果はすでに上向き傾向にありましたが、周囲の協力によってトレンドがさらに上向きになったのです。