超金融緩和がもたらすカネ余りを背景に、巨額の投資マネーが怪しげな企業に流れ込む。フェイクで強欲な奴らがバブル再来を謳歌する一方、貧困層は増大し、経済格差は広がるばかり。そのうえ忖度独裁国家と化したこの国では、大企業や権力者の不正にも捜査のメスが入らない──。
そんな日本のゆがんだ現状に鉄槌を下す、痛快経済エンターテインメント小説が誕生! その名も『特捜投資家』。特別にその本文の一部を公開します!

なぜカリスマ投資家は<br />「新聞社が紙を捨てない限り未来はない」<br />とバッサリ斬り捨てるのか?

第3章 傲慢な投資家(5)

前回まで]先輩記者の三浦から謎の投資家・城隆一郎に関する有力情報を得た有馬浩介は、城に直接取材を申し込む。すると意外なことに依頼はあっさりOKとなった。南青山の豪勢な自宅を訪れた有馬は、城がなぜ簡単に取材を受け入れたかを知ることになる──。

 ***

 サクセスジャンキー、五反田富子の接近を受け入れ、談笑を始めたカリスマ投資家。裏があるとは思っていたが、まさかこんな。城は答える。

「おれはどんなくだらない集まりだろうと、その会場内の出席者を自分の目でチェックする。おかしなやつがまぎれ込んでいないか、記者という名の腹を減らした野良犬が潜んでいないか。不毛なアクシデントは避けたいからな」

 有馬は屈辱を噛みしめて返す。

「あの会場の異物がおれってわけですか」

「それと椎名マリアだ。あの濃厚な視線はただごとじゃない」

 なにがおかしいのか薄く笑い、続ける。

「すると異物ふたりが、磁石がくっつくように接近した。おかげで手間がはぶけたよ」

 富子から異物の個人情報をあっさり吸い上げた城。いまさらながらタダ者じゃないと思い知る。

「なら話が早い」

 有馬は切り返す。

「おれにとって、パーティの異物は兵頭さんでした。おれと同じくらい地味な格好でしたから」

 コケにして楽しいのか、と突っかかる兵頭。有馬は一気に斬り込む。

「兵頭さん、えらく怒ってましたけど、揉めた理由はなんです」

 返事なし。ただ無言で見つめてくる。有馬は攻めの矛先を変える。

「あなたが椎名マリアを受け入れた理由はただひとつ」

 ひとさし指を立てて言う。

「おれの行動が気になって仕方なかった」

 城は、それで、と先をうながす。有馬は語る。

「おれが兵頭圭吾のあとを追ったから」

「そうだ」

 城はあっさり認める。

「尻を振って接近してきたあのユニークな女からおまえの素性を聴き取り、納得したよ。無駄に好奇心が旺盛なブンヤだ。早晩、連絡があると予想したが、どんぴしゃだ」

「率直にお訊きします」

 有馬は居住まいを正して問う。

「兵頭さんとあなたの関係は山三証券から始まっていますね」

 表情を観察する。変わらない。じゃあこれはどうだ。取材データを整理してぶつける。

「あなたは“客を殺す”といわれた山三証券で抜群の実績を挙げ、アメリカへ渡り、『ゴールドリバー』のファンドマネージャーとして腕を磨き、いまの地位を築いた」

 変化なし。有馬はさらに言う。

「一方、兵頭さんは29歳で証券業界からすっぱり足を洗い、いまは板橋区大山の小さな学習塾の経営者です。別世界のふたりがなぜ、六本木のパーティの席で会う必要があるのか。しかも、あなたは兵頭さんが持ち込んだ話にあまり乗り気ではなかった。いや、まったく関心がなかった」

「よく調べたな」

 城が一転、感嘆の面持ちで返す。

「なら、ちんけな学習塾経営者の兵頭が天下の東大出身で、金持ちのおれが私立の専都大学二部ってことも知ってるよな」

 有馬はうなずく。

「あなたは中学卒業後、バイトを掛け持ちして独力で生き抜いてきた、との話も」

 城の口元にシニカルな笑みが浮かぶ。

「仮にも読日社会部の出身だ。取材力だけはあるんだろう、と期待したが大したことないな」

 なんだと?

「おまえの調査だと、兵頭は30前に相場から潔く足を洗ったのか」

 ちがうのか? 有馬は困惑しつつ問う。

「株取引をやっているのですか?」

 城の表情が変わった。露骨な落胆の翳が射す。

「そんなもん、気のきいた中学生ならふつうにやっている。パソコンを使って毎月、数万の小遣いを稼いでいるガキなんぞ、掃いて捨てるほどいる。忘れろ」

 邪険に手を振る。

「兵頭のことは終わりだ。なにかの縁だ、おれはおまえのことを知りたい」

 両手を組み合わせ、ぐっと前かがみになる。一転、真摯な表情だ。

「新聞記者を辞めた理由をきかせろ。女か。それともカネがらみか?」

「おれをみくびらないでください」

 じゃあなんだ、と凄腕投資家は迫る。

「おれは毎日、億単位のカネを動かす投資家だ。世の中の生の情報はいくらでも知りたい。教えろ。新聞社はもうダメなのか?」

 舌の根に苦いものが浮く。

「ダメでしょう」

 本音がぽろりと転がり出た。すかさず城は拾い上げ、投げ返す。

「どういうふうにダメなんだ?」

 有馬は数字を整理して告げる。

「日々深刻化する新聞離れと世の電子化に対応できないまま、発行部数の減少は加速するばかりです。読日の場合、13年前の850万部から、いまは300万を切っています」

 新聞業界の悲惨な状況を具体的に説明する。

「あるシンクタンクの調査によれば、朝刊を読む割合は70代以上が80パーセント近く。しかし、20代は7パーセントあまり。つまり10分の1以下。将来は真っ暗です。紙の新聞に未来はありません」

 ところが経営陣は悲惨なデータを直視せず、改革を先延ばしにして、いわゆる茹で蛙状態──。城はしらっとした顔で問う。

「経営陣はビジネスにうとい文弱の徒ってわけか」

 有馬は答える。

「新聞の電子化を本格的に推進した場合、大量の血が流れます。印刷工場の閉鎖に配送トラックと全国新聞販売店の削減。職を失い路頭に迷う人間は1万や2万ではきかない。つい先日も将来を悲観した販売店主が全国紙本社ビルにもぐり込み、トイレで抗議の焼身自殺をした事件がありました。電子化が進めば労働組合も猛反発し、血で血を洗う労働争議に発展するでしょう。いまの経営陣には無理だ」

 しがらみのないプロ経営者を外部から招き入れれば可能だろう。カルロス・ゴーンの大胆な指揮で歴史ある堅牢なサプライチェーンをぶっ壊し、復活した日産自動車のように。が、新聞業界は昭和で時が止まったアナクロ産業だ。創刊140年の歴史を誇る読日はその最たるものだろう。

 仮に外部からプロ経営者を招聘する話が出ようものなら、経営陣も社員も顔を真っ赤にして、拝金主義の経営屋に新聞ジャーナリズムがわかってたまるか、とわめきちらし、怒ったハリネズミのようにすべてをシャットアウトして終わり。目に見えるようだ。

 城は言う。

「新聞社が紙を捨てない限り未来はないな」

 これが結論、とばかりに斬り捨てる。

「ネットなら瞬時にアップされる記事が、紙媒体だと印刷と輸送、仕分け、宅配で数時間を要する。その分、莫大なコストもかかる。ネットvs新聞はイコール新幹線と荷馬車の競争だ。勝負にならない」

 正論だ。城は容赦なく攻め込んでくる。

「おまえ、最初の質問にまだ答えてなかったな」

 なぜ読日新聞を辞めたのか。有馬は砂を噛む思いで答える。

「きっかけは入社案内です」

 入社案内? と城は首をひねる。ざまあみろ。手練れの凄腕投資家でもわからないだろう。溜飲を下げ、有馬は語る。

「警察担当新人記者の業務スケジュールが掲載されていましてね」

 朝9時、担当の警察署で事件、事故の発生状況を確認し、その後は社のハイヤーを使って気儘に街の小ネタを取材。昼食はたっぷり1時間。午後は会議をひとつこなし、デスクと温い打ち合わせ。原稿を書いてゲラを確認し、午後6時に業務終了。帰宅途中、映画鑑賞と会食──。思い出すだけで腹が立つ。

「厚化粧にもほどがある、と人事部に怒鳴り込んだんですよ」

「それで?」

「人事部の野郎、笑いながらこうほざきました。ほんとうのことを書いたらブラックな内情を晒すことになるだろう、優秀な学生の代わりに鬼より怖い労働基準監督署がやって来るぞ、と」

 ちくしょう。有馬は己のブラックな記者生活をぶちまける。

(続く)