敵が滅ぶか自分が滅ぶかという破滅的な思考
支配構造[2]命題を絶対化する「言語」による支配
2番目の、命題を絶対化する言語による支配とは、一体どんなものでしょうか。まず、命題を絶対化することで生まれる空気支配について見ていきましょう。
対象の相対性を排してこれを絶対化すると、人間は逆にその対象に支配されてしまうので、その対象を解決する自由を失ってしまう、簡単にいえば、公害を絶対化すると公害という問題は解決できなくなるのである(*3)。
「公害=絶対悪」と捉えると、どの辺りで折り合いをつけていいかわからなくなります。公害が絶対悪ならば絶滅すべき、工場は全部止めろ! となってしまうのです。
命題の絶対化は、敵が滅ぶか自分が滅ぶかという破滅的な思考につながります。
相対化できると、住民の健康を絶対に害しない状態まで汚染レベルを下げることが一旦の解決策、つまり公害=悪とならない条件として現実的な思考が可能になります。
【命題の絶対化】
AはBである、という前提を絶対化して他の可能性を考えさせない
現実の世界では、Aは条件次第でBになる場合もあれば、Cになる場合もある。成立の条件を明確化して、「実は検討していない」別の可能性を広く探るのです。
逆に、人を誘導し拘束したい場合は、命題を絶対化して他の可能性を検討させません。そのために、AはCである場合や、他の可能性を考える者を弾圧して、徹底的に「AはBである」という、誘導のためにつくった勝手な前提だけを絶対視させるのです。
真っ赤なウソのラベルで大衆を騙す
では、言葉の絶対化で空気をつくり上げるとは、どんな状態でしょうか。
例えば、法案成立の目的が自動車への「増税」にある場合。中身を反映するなら、法案の名称は「新たな自動車増税法案」でしょう。
しかし、1970年代に、実際に議論された法案には、大気汚染と関連する「日本版マスキー法」の呼称が付けられました。マスキー法とは、自動車の排出ガスを現状から90%削減するというアメリカの大気浄化法改正法です。当時は大気汚染の科学的な検証が確立しないままに、増税ではなく環境問題に関連した法案として成立したのです(ただし、法案の成立は日本の自動車技術の革新を促すことに大きく寄与しました。山本氏は議論の過程における空気の存在を指摘)。
ラベルに書いてあるのは文字、単なる名称です。ところが名称を絶対化する、名称を感情的に理解させると、成立条件を考えずに、貼り付けたラベルが「そのまま中身を示している」と考えてしまうのです。
単なる空き瓶に「劇薬」と大きく書かれた紙を貼り、どくろのマークをイラストとして描けばどうなるか。歩道にそのビンがあれば、人はそれを避けて通るでしょう。場合によっては警察や役所に通報するかもしれません。
名称(ラベル)やイラストなどの図像は、人間の思考を強力に拘束します。命題や名称による空気の支配を発揮させるのは簡単です。最初に、真っ赤な「ウソのラベル」を貼るのです。AはBである、という命題をつくり、本当はCやDである中身を隠すのです。
大衆をだますために、中身とまったく違う名称のラベルを最初にビンに貼っておく。これで、大衆は中身がラベルとまったく違うとは、疑わなくなるのです。命題や名称をある種の前提として機能させて空気を生み出す典型的なウソ、詐術です。
*3 『「空気」の研究』 P.63