かつてはどうだったのか。中国人犯罪全盛期の90年代、「司法通訳」として警察や検察、裁判所で仕事をした経験を持つ在日中国人ジャーナリストで、タレント、会社経営者でもある周来友氏(55歳)に、当時のエグすぎる中国人犯罪捜査の裏側について話を聞いた。

「落としの周」と呼ばれ
警察から引っ張りだこだった90年代

周来友周来友/1963年生まれ、中国浙江省紹興市出身。北京師範学院卒業後、私費留学生として1987年に来日。文教大学、東京大学大学院を経て、東京学芸大学大学院国語教育科を卒業。卒業後は、官公庁や司法関係の分野で通訳業務に従事した後、テレビ・雑誌ほか各種マスコミに、コメンテイターとして、またジャーナリストとして出演。現在は、100カ国以上2000人の通訳者・翻訳者を派遣する「ゆあネット」を設立。

 司法通訳とは、外国人が関与した犯罪の捜査や取り調べ、裁判などの通訳を行う人のことで、日本人もいれば外国人もいる。在日中国人による犯罪が連日のように報じられていた90年代は日本人の通訳だけでは足りず、日本に滞在する台湾人や中国人が大量に動員されていたという。周氏は語る。

「90年代の前半は台湾人が多かったけど、徐々に大陸出身の中国人が増えていったね。私は、中国人犯罪のピークだった95年から2004年まで司法通訳をやってました。毎日すごく忙しかったね」

 1987年3月、浙江省紹興市出身の周氏は、私費留学生として来日。文教大学、東京大学大学院を経て、東京学芸大学大学院国語教育科を卒業。その後、司法通訳をはじめとする通訳業務に携わるようになった。

 中国人犯罪全盛期だったこともあり、仕事の依頼は引きも切らず、30代前半にしてかなりの収入があったという。

「当時は、司法通訳をメインに報道関係、官公庁での通訳業務もやっていたので、お金に困ることはなかったよね。自分で言うのもおかしいけど、取調室の刑事たちの間で私は『落としの周』と呼ばれるほど人気があったの。周に通訳を頼めば、必ず容疑者を落としてくれる(容疑を認める)という意味です。あの頃の私は“指名ナンバー1”の司法通訳だったよね(笑)」

 そもそも周氏はどのような経緯で司法通訳の世界に入ったのだろうか。