大学生協売上10年連続ナンバーワンで、日本の就活の象徴とも言える『絶対内定』著者のキャリアデザインスクール「我究館」館長・熊谷智宏氏と、発売後またたく間に10万部を突破し、日本人の転職マインドをアップデートした『転職の思考法』著者・北野唯我氏による全3回の特別対談。
第2回は、就職にも転職にも『絶対内定』を使いキャリアを切り拓いてきた北野氏と、リクルート時代、自分の価値観に気づき「キャリアをサポートする」道を進んだ熊谷氏が、それぞれの「仕事観」を語り合う。北野氏が初めての転職のときに取り組み、人生を変えた『絶対内定』のワークとは? 前編はこちら。(構成:田中裕子 撮影:疋田千里)
三菱商事・マッキンゼー・GS……ブランド企業の若者がキャリアに悩む理由
北野唯我(以下、北野):以前「自分の職業人生をどう設計するか」というテーマでイベントを開催したとき、10名の枠に300名を超える応募がありました。しかも応募してきたのは三菱商事やマッキンゼー、ゴールドマン・サックスといった、そうそうたるブランド企業に勤める若者たち。憧れの企業や業界に入っても、20代後半に差し掛かるころ「このままでいいのか」と悩むわけです。
熊谷智宏 (以下、熊谷):とくに「なんとなくコンサルに入社した人」に多いパターンですよね。入社して数年、一通り仕事は回せるけれど、自分は何者で、何の専門なんだろうと立ち止まってしまう。転職を考えるけれども、プライドと給料も高くなっていて二の足を踏んでしまう。一歩踏み出してみても熱い思いや自己分析が足りず、結局どこにも採用されない。
我究館館長
横浜国立大学を卒業後、(株)リクルートに入社。2009年、(株)ジャパンビジネスラボに参画。現在までに3000人を超える大学生や社会人のキャリアデザイン、就職や転職、キャリアチェンジのサポートをしてきた。難関企業への就・転職の成功だけなく、MBA留学、医学部編入、起業、資格取得のサポートなど、幅広い領域の支援で圧倒的な実績を出している。また、国内外の大学での講演や、教育機関へのカリキュラム提供、企業へのコンサルティング業務、執筆活動も積極的に行っている。著書に『絶対内定2020』シリーズがある。
北野:本当に「あるある」ですね。ファーストキャリアの「なんとなく」や「とりあえず」の選択が、後に響いてしまう。
熊谷:おっしゃるとおりで、就活のとき「いつか起業したいから、とりあえずコンサルで修行しよう」と考える学生は少なくありません。でも、コンサルって、リスクをできるかぎり排除して確実性を高める仕事じゃないですか。そこで働くうちに思考回路がだんだん変化して、リスクのあるキャリアチェンジできなくなってしまうんです。
北野:それ、めちゃめちゃわかります。僕もコンサルで勉強になったことや身につけられた力はたくさんありますが、コンサルや大企業とベンチャーではそもそも使う筋肉というか、求められる能力が違うんですよね。
あと逆に、大企業の仕事に飽きたから刺激的なベンチャーに転職したいと考える人も増えています。それ自体は悪い発想ではないけれど、大企業では想像もできないようなリスクがあることを真剣に考えなきゃいけない。強い覚悟が必要なんです。
兵庫県出身。神戸大学経営学部卒。就職氷河期に博報堂へ入社し、経営企画局・経理財務局で勤務。その後、ボストンコンサルティンググループを経て、2016年ハイクラス層を対象にした人材ポータルサイトを運営するワンキャリアに参画、最高戦略責任者。レントヘッド代表取締役。TV番組のほか、日本経済新聞、プレジデントなどのビジネス誌で「職業人生の設計」の専門家としてコメントを寄せる。著書にベストセラーとなったデビュー作、『このまま今の会社にいていいのか?と一度でも思ったら読む 転職の思考法』(ダイヤモンド社)他、1月17日刊行の最新刊『天才を殺す凡人』(日経新聞出版社)。
熊谷:キャリアに悩んだとき、いまの会社を辞めて冒険することがベストな選択肢というわけではない、ということですよね。大切なのは、本当に自分が向かいたい方向を考えて、納得いくキャリアをデザインすることですから。
人生を「引き」で見て考える
熊谷:実際にベンチャーや小さな会社に転職するかどうかは、「人生にアドベンチャーを期待しているかどうか」次第です。リスクを取ってでも心躍る冒険をしたいのか。安定した穏やかな人生を送りたいのか。その自分の価値観を知ることが大切で。
北野:アドベンチャー、まさにそうですね!
熊谷 ただ気をつけたいのが、「リスクを取らないことがリスクになる」可能性もあること。20代で一度冒険を諦め、そのまま年齢を重ね、安定した給料をもらい、しかも妻子ができたら……アドベンチャーのある人生に対してくすぶる思いがあっても、きっと動けないでしょう。「もっと若くて身軽なときに挑戦していたらどんな人生だったんだろう」とふさぎ込むことも、大きなリスクになる。
北野:どのリスクとどう向き合うか、ですよね。僕の場合、リスクのある選択をするか迷ったときは「引きで見たときどちらがおもしろいか」を考えます。
熊谷:引きで見る、ですか?
北野:人生を一冊の本として、「どっちの選択がおもしろいコンテンツになるだろう」って想像するんです。だから大変なことがあっても、「いいぞ、おもしろくなるぞ!」と捉えられる(笑)。だって、その「本」を読み返したときに「この2ページは刺激的なストーリーだったな」と思えるじゃないですか。
熊谷:ああ、その感覚はよくわかります。僕も、我究館の館長になってからは苦しい時期もあったし、絶望的な気分になったこともありました。でもやっぱり、どこかで「おいしいぞ」と思えるんですよね。将来、自伝を描くときに盛り上がるぞって(笑)。
北野:あはは。じつはこの考え方、『絶対内定』のおかげで身についたんですよ。
熊谷:えっ、そうなんですか?
北野:広告代理店を辞めるかどうか考えていたとき、帰省ついでに梅田の紀伊國屋書店で『絶対内定2015』を手に取ったんです。あまりに悩みすぎて、数年ぶりに自己分析してみようと思って……。それで実家に帰って早速ワークシートに取りかかったんですが、その中に「心からワクワクするイメージを貼ってください」というワークがあった。僕、それがスティーブ・ジョブズの、スタンフォード大学の卒業式のスピーチで。もう、直感的に映像がパッと浮かびました。
熊谷:2005年の、「ハングリーであれ、愚か者であれ」のスピーチですね。
北野:そうです。でも、ジョブズのプレゼンは他にもたくさんあるじゃないですか。「なぜこのスピーチなんだろう」って深掘りしていったら……自分が望む生き方がわかったんです。
熊谷:まさに自己分析でコアを見つけた、と。北野さんの望む生き方とは何だったんですか?
北野:「死を意識したとき、未来を担う若者に語りうる人生を生きたい」です。
熊谷:ああ……素敵ですね。北野:ジョブズの言葉は、実体験だからこそ胸に響きます。会社をつくったけど追い出された。復活した。世界中を熱狂させるプロダクトをつくった。病に冒された――。ふつうの人とは違う経験が、彼を魅力的な語り手にしている。自分はこうなりたいんだって気づきました。
熊谷:それで、辞めようと決意した?
北野:はい。そのまま残ってそれなりに出世する自分と、大企業を辞めて英語もしゃべれないくせにアメリカに行った自分。50歳になったとき、どっちが若者に語りうるコンテンツになるかを考えたんです。目を輝かせている若者に「プロモーションのアイデアを出して予算120%を達成した」なんて話をしても、おもしろくない。それより、年収ゼロから体ひとつで挑戦したぜ、というストーリーを語りたいと思いました。
キャリアチェンジの恐怖を克服した「元カノ」へのインタビュー
北野:一般的に、転職のブレーキのひとつになるのは「とはいえ」という言葉だなと感じるんです。「とはいえいまの会社は安定しているし」とか、「とはいえ子どももいるし」とか。
熊谷:そうですね。北野さんは広告代理店を辞めると決めたとき、「とはいえ」には負けなかったんですか? 転職ではなく退職だったわけですよね。年収も社会的地位もすべて失うのは恐怖だったでしょう。
北野:まったく怖くありませんでした……と言いたいところですが、退職届を出した後は1ヵ月ほど不眠になりました(笑)。正直、わくわくよりも恐怖が大きかったですね。
熊谷:自分の望む生き方がわかっていても、やっぱり怖いものですよね。すごくリアルだと思います。
北野:だから、自分はいったい何を不安に思っているんだろうと恐怖心を分解していったんです。するとその論点のひとつに、「大企業を辞めてはたして結婚できるのか」という大問題があった。
熊谷:あはは、笑いごとじゃないけど、たしかに大問題ですね。
北野:そうでしょう? だから、元カノたちに会いに行ったんです。
熊谷:ええー!? どうして、また元カノに?
北野:会社を辞めると言ったら、どんなリアクションをするんだろうって。すると彼女たちは口を揃えて、「遅かったね、3年半もいると思わなかった」「あなたなら大丈夫でしょ」「楽しみだね」と言ってくれた。そのとき、自分みたいなタイプを好きになってくれる人は、大企業の社員でいることより、何をしでかすかわからないところを買ってくれるんだなって気づいた。ということは、会社を辞めても世界にひとりくらいは僕と結婚してくれる人はいるはずだ、恐怖心を持つ必要はないぞ。……と、自分を論破できたんです。
熊谷:おもしろい! それにしても、発想と行動力がすごいですね。
北野:ありがとうございます。まあ、それは論点のひとつにすぎなくて、お金のことだってそうです。いくら必要か、エクセルで計算までしましたから(笑)。それ以降、不安に負けそうなときは論点を分けて徹底的に自分を論破する、という方法を採っています。
大企業だからこそ「お客さんの顔」が見えなかった
北野:熊谷さんはリクルートから我究館に転職されたとき、その意思決定に不安や後悔はありませんでしたか?「とはいえ」大企業、しかもリクルートの社員という身分だったわけで。
熊谷:僕の場合も不安はありましたが、100パーセント転職してよかったと言えます。いまに至るまで、後悔したことは1秒もないんです。常に自分の価値観に沿ったことをやれていますから。
北野:それはすばらしいですね。そもそも、なぜ新卒ではリクルートへ?
熊谷:人のライフイベントに触れたかったからです。あとは単純に「Bigger is better」、つまり大きくて影響力を持っていることが善という価値観があった。リクルートなんて、ビッグ中のビッグでしょう? しかも入社してみると、1年目から部署内でも大きな仕事を任せてもらい、充実もしていました。
北野:きわめて順風満帆だったと。それでも転職を考えたのはなぜでしょう。
熊谷:人のライフイベントに触れたくて入社したのに、広告を提案して売る筋肉だけが鍛えられていくことに疑問を持ち始めたんです。ここは自分が鍛えたい筋肉じゃないぞ、と。このときはじめて、仕事への充実感は企業の規模じゃ測れないということに気づきました。
北野:「Bigger is better」の価値観がひっくり返ったんですね。
熊谷:そうです。リクルートで広告を作れば一度に何万人もの人に届けられます。でも、受け手一人ひとりの顔はまったく見えません。一方、我究館の仕事は、個人の人生にじかに触れることができます。我究館に通う500人(学生400人、社会人100人)とはがっぷり四つに組めるし、講演でも表情は見える。コミュニケーションも取れる。――つまり、「会社」ではなく「仕事」で考えたら、我究館のほうが幸福度は圧倒的に高かったんです。
北野:エリートになればなるほど「エリート内の同調圧力」に屈しがちですが、熊谷さんは本当に自分が求めるものを見つけることができたんですね。
熊谷:そうですね。ただ、当時の我究館はまだ雑居ビルにオフィスを構える小さな会社で、退職には慣れているはずのリクルートの上司にも「大丈夫なのか、そこは」と心配されましたね(笑)。
そうそう、退職を伝えると「リクルートの肩書きがなくなるのはもったいない」と言う人も多かったのですが、僕自身はむしろそのことにスッキリしていました。
北野:どういうことでしょう?
熊谷:たしかにリクルートという肩書きがあると、異業種交流会ではたくさんの人に興味を持っていただけます。でも、1年目の若造なんて、最終的な決定権は持ってないじゃないですか。「一緒におもしろいことやりましょう!」と盛り上がってもその夜限りで。僕はそのことに劣等感があって……それから解放されたのは純粋に気持ちよかったんです。
北野:なるほど。ふつうの人が名刺片手にドヤ顔するところで劣等感を持っていたなんて、珍しいですよね。やっぱり、そういう人がベンチャーに向いているんだなあ。