大学生協売上10年連続ナンバーワンで、日本の就活の象徴とも言える『絶対内定』著者の、キャリアデザインスクール「我究館」館長、熊谷智宏氏。発売後またたく間に10万部を突破し、日本人の転職マインドをアップデートさせた『転職の思考法』著者の北野唯我氏。真のキャリアデザインの意味を訴えかけるふたりの著者が、自己分析が持つ本当の意味について語り合う。全3回の特別対談。(構成:田中裕子 撮影:疋田千里)

そもそも、自己分析はなぜ必要なのか?

北野唯我(以下、北野):熊谷さん、今日はお話しできるのをとても楽しみにしていました。というのも僕、じつは就職も転職も『絶対内定』を読んで乗り越えてきたんです。新卒では博報堂に、中途ではBCG(ボストン・コンサルティング・グループ)に入社するとき、とてもお世話になりました。

熊谷智宏(以下、熊谷):おお、それはうれしいです!

北野:その上で、なんですが。いまハイクラス層向けの人材ポータルサイト(ワンキャリアリンク)の役員を務めている身としても、あらためて伺いたいことがあるんです。それは、「なぜ就職活動や転職活動に自己分析は必要なのか」ということ。自己分析は時間もかかるし、それまでの人生を突きつけられたりと、しんどい作業じゃないですか。でも、やる必要がある。その理由を、日本人のキャリアデザインをサポートしてこられた熊谷さんに言語化していただきたくて。

北野唯我(きたの・ゆいが)北野唯我(きたの・ゆいが)
兵庫県出身。神戸大学経営学部卒。就職氷河期に博報堂へ入社し、経営企画局・経理財務局で勤務。その後、ボストンコンサルティンググループを経て、2016年ハイクラス層を対象にした人材ポータルサイトを運営するワンキャリアに参画、最高戦略責任者。レントヘッド代表取締役。TV番組のほか、日本経済新聞、プレジデントなどのビジネス誌で「職業人生の設計」の専門家としてコメントを寄せる。著書にベストセラーとなったデビュー作、『このまま今の会社にいていいのか?と一度でも思ったら読む 転職の思考法』(ダイヤモンド社)他、1月17日刊行の最新刊『天才を殺す凡人』(日経新聞出版社)。

熊谷:わかりました。まず、自己分析の目的は、自分の強みや弱み、そして「コア」を見つけることです。コアとは簡単に言うと、「人生のテーマ」。腹の底から求め、追いかけるものだと考えてください。それを言語化して納得のいくキャリアを描くことが、自己分析のゴールです。
じつは、ほとんどの人が「自分の思っている以上に自分のことを理解していない」んですよ。自分について深く真剣に考える習慣を持っている人は、ほとんどいない。しかし、その状態でキャリアを考えるのは、大海原をコンパスも持たずに進むようなものです。自分を知らずに適切な意思決定はできません。

北野:はい。

熊谷:さらに新卒の場合、日本はまだ「インターンシップで専門性や適性を見極めたうえで就職する」という流れが一般的ではありませんよね。何のためにインターンシップに参加するのかあいまいな学生も多いし、適性を見極められるレベルのインターンシップを開催している企業はまだ少ない。それでは、何をおもしろいと感じ、何を幸せと感じるのかといった自己理解までは得られません。

北野:そしてそのまま、マーケットという大海原に放たれてしまう。

熊谷:ええ。だから、就職活動をはじめる前に自分の価値観を洗い出し、方向性を定めておく必要があるんです。「有名企業だから」「人気だから」とまわりの価値観に迎合した意思決定をして
しまわないためにも。

熊谷智宏 (くまがい・ともひろ)熊谷智宏(くまがい・ともひろ)
我究館館長
横浜国立大学を卒業後、(株)リクルートに入社。2009年、(株)ジャパンビジネスラボに参画。現在までに3000人を超える大学生や社会人のキャリアデザイン、就職や転職、キャリアチェンジのサポートをしてきた。難関企業への就・転職の成功だけなく、MBA留学、医学部編入、起業、資格取得のサポートなど、幅広い領域の支援で圧倒的な実績を出している。また、国内外の大学での講演や、教育機関へのカリキュラム提供、企業へのコンサルティング業務、執筆活動も積極的に行っている。著書に『絶対内定2020』シリーズがある。

北野:なるほど、よくわかります。熊谷さんのもとにはそうしたキャリアを選択し、後悔している社会人からの相談が絶えないのでは?

熊谷:おっしゃるとおりです。刺激ややりがいを求めて社会に出た優秀な学生が、10年間は下積みが当たり前の日本の大企業に入ったら、苦しいに決まっていますよね。
 20代後半にもなると仕事が退屈で仕方なくなってくるけれど、長くいればいるほどメリットがあるのが大企業。福利厚生は充実しているし、給料は毎年上がる。そうしているうちに付き合っている彼女からは結婚を迫られて、いよいよ動けなくなる。でも、このまま漫然と働き続けるのは嫌だから、とりあえず社費でMBAやUSCPA(米国公認会計士)を取得して、なんとかやりがいを見つけようとする――。

北野:ああ……もう、ものすごく「あるある」です。

熊谷:名の通ったブランド大学の学生ほど外資系企業やコンサル、総合商社といったブランド企業を目指しがちですが、それはある種の思考停止です。「華やかで人が羨むキャリアを歩めば幸せになれる」なんて、人生そんな簡単なものじゃない。

北野:その仕事ではどんな幸せを得られて、自分はそれを本当に求めているのかをはっきりさせないまま前に進んでも、結果的に自分がつらくなると。それを防ぐためにも、深い自己理解が必要ということですね。

熊谷:もちろん中途でも挽回は可能ですが、はじめに自己分析しておくことで避けられる悲劇でもあるんですよ。

北野:たしかに、自分は刺激ややりがいを求めるタイプだとわかっていたら、レガシーな大企業を選ぶという意思決定はせずに済んだわけですからね。

自分が本当に求めているものを知れば第三の選択肢が見えてくる

北野:「自己分析」と聞いたとき、なにを分析すればいいのか戸惑う人も多いと思います。極端な話、自分の好きな食べ物をあらためて理解することも自己分析になるのだろうか、と(笑)。

熊谷:自己分析は過去を「思い出す」フェーズと「掘り下げる」フェーズがあり、『絶対内定』についているワークシートに従えば自然と「掘り下げる」ところまで辿り着ける構成になっています。

経験マトリクスのBreak Down『絶対内定2020』(ダイヤモンド社)P365より

熊谷:「好きな食べ物」で言えば、「昔からリンゴが好きだったな」と思い出すのもひとつの自己分析と言えます。でも、大切なのは「なぜリンゴが好きなのか」まで考えること。蜜の甘みが好きなのか、母親との優しい思い出があるのか、それとも「1日1個のリンゴは医者いらず」という言葉を信じているからなのか……。そこまで考えるのが、「掘り下げる」フェーズです。

北野:直感的な趣味嗜好を、「なぜなのか?」と深掘りしていく?

熊谷:そうです。就活で言えば、コンサルと商社で働く自分を思い描いたとき、なんとなく後者にワクワクするとします。その「なんとなく」をそのままにせず、徹底的に垂直に思考を掘っていくわけです。世界を飛び回る仕事がしたいのか、手にできるモノにこだわりがあるのかと、その理由を明確にしていく。そこに自分のコアが見つかるかもしれないし、結果的にそのコアを満たすなら商社じゃなくてもいいかもしれない。第三の選択肢が見つかるかもしれません。
 ちなみに「なぜ」を深めていくと、やはり生まれ育った環境や幼少期の経験に着地していくことが多いです。たとえば、帰国子女は「高い専門性を持ってバリューを発揮したい」と考える傾向が強いんですよ。もちろん一概には言えませんが。

北野:へえー! なぜでしょう?

熊谷:言葉もわからず教室でぽつんと折り紙を折っていたらクラスメイトの目に留まり、リスペクトされ、友達ができた、といった経験―つまり、「特技や専門性を周りにシェアすることで自分の存在を証明した」というポジティブな経験を持つことが多いからです。その後も「何らかの強みを持つ自分でいたい」という思いを持ち続けて努力してきたタイプで。

北野:ああ、なるほど。それはまさに「コア」ですね。

学生時代にバックパックで世界一周は、ただの「のんき」?

熊谷:『転職の思考法』を読ませていただきましたが、「コア」に加えてこの「思考法」を身につけたら一生の武器になりそうだと感じました。自己分析で見つけた「コア」も「思考法」も、自分で答えを見つけるために必要な材料なんですよね。

北野:まさにそうだと思います。結局キャリアも自分の頭で考えなければならなくて、答えを与えてもらう姿勢ではダメなんです。最近僕は、ある書籍の企画で、大企業からベンチャーに転職した若手ビジネスパーソンにインタビューしていますが、その中で驚いたのが、キャリアをきわめてストラテジックに考えている若者が多いこと。

熊谷:というと?

退屈な仕事人生を送らないために。社会人こそ自己分析が必要だ

北野:就職と「就社」――仕事ではなく会社を選ぶスタンスは、よく「or」で語られますよね。日本人は仕事ではなく社名で選んでいる、という文脈で。でも、僕がインタビューした優秀な若者たちはみんな「and」で考えているんです。
 たとえばある男性は、学生時代からベンチャーキャピタリスト(VC)を目指していましたが、ファーストキャリアにGoogleを選びました。「元Google」というカードは選択肢を増やしてくれる、VCになったときにも学んだことが活きるだろうと考えたわけです。そうしてしばらくGoogleに勤め、数年後、実際にVCへ転向します。

熊谷:なるほど。1社目で「就社」して、2社目で「就職」したわけですね。

北野:そうなんです。ここまでキャリアを深く理解し、行動している若者が増えていることをあらためて実感しました。熊谷さんは、ここ10年間の学生のキャリア観の変化を感じますか?

熊谷:トップ層は間違いなく成熟しました。10年前はまだほとんどの就活生が、日本を代表する会社で働きたいと考えていましたから。ところがこの10年間、ものすごい勢いでグローバリゼーションが進み、日本企業は弱体化してしまった。会社がずっと面倒を見てくれるわけじゃないとなると、自分の力をつけるしかありません。それこそトップ学生は、「早稲田大学と北京大学のダブルディグリーを取得した」とか「半年間インドのIT企業でインターンしていた」というレベル。もう、見ているものの質も量もケタ違いです。

北野:30代前半まで下積みすればいい仕事が回ってくるし、それなりに出世できる。定年まで大事にしてもらえるし退職金はたっぷり……という「常識」は、もはや過去の幻想になってしまった。そうなると、キャリアを真剣に考えざるを得ませんよね。

熊谷:はい。ですから、就活生のレベルは上がっていると言えるでしょう。10年前なら「バックパックで世界を旅していました」と言えば「すごい行動力だ」と高評価だったのが、いまは「こいつ、ずいぶんのんきだな」と思われかねません(笑)。

北野:あはは、世界一周もベタになってきましたよね。ただ、熊谷さんがおっしゃったような超優秀な学生は、せいぜいトップの2割ですよね。残りの8割はまだ、日本社会が大きく変化していることにも気づいていないか、気づいていてもマインドを変えられていないし行動できていないと感じます。

熊谷:それはおっしゃるとおりですね。トップ学生とその他の学生の差が大きく開いている、と言えるかもしれません。

<続>