アメリカのミレニアム世代は今、自分の親と同程度以上の豊かさは享受できないのではないかという不安を抱いています。テクノロジーの進歩により、自分たちの活躍の場が失われるのではないか、恐れていると言うのです。そうした将来不安を払しょくする手立てとは? 経済学者の安田洋祐さんと、『元財務官僚が5つの失敗をしてたどり着いた これからの投資の思考法』の著者・柴山和久さんが、歴史をひも解きながら議論します。(撮影:疋田千里)

スタバが社会との唯一の接点だった

安田 洋祐(やすだ・ようすけ)さん
経済学者。大阪大学大学院経済学研究科准教授
1980年東京生まれ。東京大学経済学部卒業後、米国プリンストン大学へ留学しPh.D.を取得。政策研究大学院大学助教授を経て、2014年4月から大阪大学大学院経済学研究科准教授。専門は戦略的な状況を分析するゲーム理論で、主な研究テーマは現実の市場や制度を設計するマーケットデザイン。学術研究の傍らマスメディアを通した情報発信や、政府での委員活動に取り組んでいる。関西テレビ「報道ランナー」、テレビ東京「ワールドビジネスサテライト」などにコメンテーターとして出演中。財務省「理論研修」講師、金融庁「金融審議会」専門委員などを務めた。

安田洋祐さん(以下、安田) 柴山さんの著書『元財務官僚が5つの失敗をしてたどり着いた これからの投資の思考法』の中では、預金が底を尽きかけて、「一杯のかけそば」ならぬ、スターバックスのコーヒー1杯を夫婦で分け合ったという話が印象的でした。あそこでスタバに行っちゃうところが柴山さんですよね。僕が同じ状況だったら、節約するためにカフェは諦めて、家で煎れたコーヒーを魔法瓶で持ち運ぶと思います(笑)。

柴山和久さん(以下、柴山) コーヒーを飲むということだけであれば、もちろんそれでいいんです。当時、それでもスタバに通っていたのは、スタバが社会との唯一の接点だったから。

 一大決心をして財務省を辞め、ビジネススクール(INSEAD)を卒業したのに、無職でお金もない。中途採用に応募しても断られ続けると、自分は世の中に必要ない人間なのではないかと思いつめるようになります。スタバは世界中、どこに行っても同じような雰囲気なので、そこにいると自分はまだ社会とつながっていると思えたんです。

安田 自分が社会の役に立てていないと思うようになる背景には、経済的に自立できていないことがありますよね。そういう人を少しでも減らすことが、柴山さんの起業のモチベーションのひとつなのでしょうか。

柴山 そう思います。本の中では「お金とは、自由を得る手段だ」という書き方をしていますが、願いをかなえるためにはお金が必要です。国が社会保障を充実させるにも、個人が豊かな生活を送るにもお金が必要です。お金から自由になったとき、自分が本当に実現したいことにチャレンジすることもできると思います。

 ウェルスナビは、これまで富裕層など特別な人しかできなかった資産運用を、テクノロジーの力を使って誰でも使えるようにしています。これは「資産運用の民主化」ですね。

安田 ウェルスナビは資本主義社会における一つの解決策を提供していますよね。

アメリカ人の平均寿命が下がっている理由とは?

安田 テクノロジーというキーワードでいくと、今後、AIやロボットの技術が進歩することで、最低限のルーチンワークは自動化され、社会から必要とされない人たちが増えるという説もあります。柴山さんは、どう思われますか。

柴山和久(しばやま・かずひさ)さん
ウェルスナビ代表取締役CEO
次世代の金融インフラを日本に築きたいという思いから、2015年に起業し現職。2016年、世界水準の資産運用を自動化した「ウェルスナビ」をリリースした。2000年より9年間、日英の財務省で、予算、税制、金融、国際交渉に従事。2010年より5年間、マッキンゼーにおいて主に日米の金融プロジェクトに従事し、ウォール街に本拠を置く資産規模10兆円の機関投資家を1年半サポートした。東京大学法学部、ハーバード・ロースクール、INSEAD卒業。ニューヨーク州弁護士。

柴山 私自身は楽観的です。『サピエンス全史』の中で著者の歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリも述べていますが、われわれの子どもたちは、これまで想像もできなかったような新しい職業につく可能性があるということです。

 「想像もできなかった新しい職業」が生まれることは、歴史も証明しています。米国農務省によれば、アメリカの農業人口は、1900年の40%から1970年には4%と、10分の1になっている。歴史的な大転換が起こったわけですが、農業の代わりに工場やサービス業で働く人が増え、21世紀にはネット産業も勃興した。100年前には想像もつかなかった新しい職業が生まれたわけです。それと同じことが、AIの進化によっても起こるんじゃないかと思います。

安田 確かに、多くの経済学者は、仕事の数そのものは大きく減らないと予測しています。ただ、仕事の数が減らなくても、今までより稼げる職に就く人がどのぐらいいるかは怪しい。

 これまでは、農業から工業、そしてサービス業へと、産業構造の主体が変わることで、個人の稼ぎもよくなった。だからこそ、技術の進歩を肯定的に受け入れられたのです。もしAIの進化が“稼げる職”をもたらさないとすると、反発や抵抗が生まれるという懸念もあります。

柴山 いまアメリカでミレニアム世代が直面しているのは、自分の親と同程度以上の豊かさは享受できないんじゃないかという恐れですよね。テクノロジーが発展したときに社会全体は豊かになるけど、そのときに自分は取り残されるのか、その豊かさの流れに乗って行けるのか、どっちなんだろうという不安です。アメリカでは、かつて工場にロボットが導入されたときにもネガティブな感情が広がっていて、ロボットが世界を滅ぼそうとするような映画がたくさんできました。

安田 確かに。アメリカの深刻な問題のひとつに、高卒の白人の平均寿命の低下があります。その最大の原因は薬物依存だと言われています。生活はできても生きがいがないとか、ごく一部のべらぼうに稼ぐ人との格差を目の当たりにしたとかで、お酒やドラッグに走る人が多いのだそうです。

 われながら経済学者らしからぬことを言いますが、やっぱり単に経済活動ができるだけじゃなく、生きがいだったり、必要とされている感覚が必要なんですよ。それがないと、世界一豊かな国なのに平均寿命が下がる、というちょっとあり得ないようなことが起きてしまう。

柴山 日本でも同じようなことが起きる恐れはありますね。私たちウェルスナビは10万円から富裕層と同レベルの資産運用ができる仕組みを実現しましたが、10万円を投資する余裕がない人たちが増えているのも、日本の現実です。すべての人を包摂するような社会インフラは必要ですよね。

自分の立ち位置を測るものさしが複数あることの大切さ

柴山 AI時代のセーフティ・ネットとして、ベーシックインカム(国が個人に衣食住に必要な一定額を給付する制度)のような、再分配のアイデアもあります。これについてはどう考えますか。

ベーシックインカムに代わる選択肢を探すべき、という安田さん

安田 ベーシックインカムに代わる選択肢を探すべき、というのが僕の意見です。今の市場経済や資本主義は、お金という強烈なものさしを前提としており、その弊害として「格差」が生まれています。ベーシックインカムは格差を乗り越えるための方策ですが、やはり、お金というものさしを前提としている点は変わりません。ですから、行きすぎると、お金というものさしが強すぎる状況を加速させかねないのです。

 お金を稼げない人たち、つまり再分配を受ける側は、失業中だった柴山さんと同じように「自分は社会から必要とされていない」という思いをもってしまう。僕はできるだけ国や公的なものに頼らず、広い意味でプライベートな方法で、生きがいや、社会から必要とされている感覚をもちながら暮らせる仕組みを探るほうがいいと思っています。

柴山 すべての経済圏から取り残される人を減らせるような仕組みが必要だというわけですね。お金という、ひとつのものさしに頼り過ぎずに。

安田 そうです。お金の力が強すぎるから伝統的な社会や人間関係を壊しているという意見は、何百年も前から根強くあります。ただ、僕自身の考え方をはっきりさせておくと、「お金」の存在自体について完全に擁護派です。経済の仕組みはお金があることで効率化されていて、これは資本主義の偉大な貢献だと思います。ただ、お金というひとつのものさしだけでなく、それを補う別のものさしを同時に作っていくことも大切です。

柴山 お金と同じく受験競争も、勉強という単一のものさしの上に存在しますよね。

安田 そうです。早いタイミングで勝ち負けが決まって、やる気をなくしてしまう子どもがいます。この過度な競争への反発として、受験をやめる、テストの点をつけない、運動会の徒競走では順位をつけない、といった動きもありました。教育の場合には、音楽や運動、友達と仲良くできる、けんかの仲裁ができる、といった具合に、勉強以外のものさしを大人がしっかり用意して、子どもたちにそれぞれ違った才能があるという点をしっかり伝える、自分でその才能に気付けるようにすることが大切だと思うんですよね。

柴山 ものさしが複数あると、自分はここで必要とされているという肯定感を持ちやすいんでしょうね。

こぼれ落ちても、別の仕組みのなかで救われる

安田 お金に代わるものさしとして僕は、ウェルスナビのような取り組みと共存する、別の解決策があるんじゃないか、と考えてきました。お金とは違う仕組みで回る経済圏ができるんじゃないか、と。そうした動きがようやく出始めているんですよ。

柴山 どういうものですか?

安田 いわゆるコミュニティに近くて一番成功しているのは、地域通貨です。ひとつだけ例を出すなら、ドイツ・バイエルン州の一部で流通している「ギームガウアー」。1ユーロを1ギームガウアーに換えられて、両替した金額の5%分を自分の選んだ団体に寄付できる仕組みが特徴的です。寄付する先は基本的に地元の団体なので、コミュニティの一員として貢献したいという住民のニーズがかなえられます。半年間そのギームガウアーを保有したままで使わないと価値が目減りするといった、積極活用を促す仕掛けもあるんです。

柴山 なぜギームガウアーに注目しているんですか?

安田 理由は二つあります。ひとつは、従来の経済圏とは違ったものが出始めて、それに賛同する人がたくさん出てきているという事実。もうひとつは、経済の仕組みが複数できたときに、ある一つの経済圏でこぼれ落ちた人をほかの経済圏で救ってあげられるかもしれないという期待です。

柴山 ギームガウアーのような地域通貨は、果たして歴史を巻き戻す動きなのか、いったん乗り越えて次の段階へ行く動きなのか、どちらなのでしょうか。歴史的には、地方の封建領主ごとにあった通貨が、中央集権を機に経済も活性化させようとして統合されてきたという流れがありましたよね。

安田 僕は、ギームガウアーのような地域通貨の登場は、まったく新しい動きだととらえています。地域ごとに通貨が細分化され、乱立していた時代、人々は基本的にひとつの通貨しか使いませんでした。一方で、ギームガウアーとユーロは共存しています。

安田さんが注目する地域通貨のギームガウアーとは?

 もっとわかりやすいところで言えば、仮想通貨は、住んでいる場所に関係なく、「お金的な価値交換ができるもの」ですよね。時間を価値に換算するタイムコインという仮想通貨は、プラットフォームの参加者同士で時間を売り買いします。たとえば、柴山さんの時間を買って資産運用の話を聞いたり、フレンチの本場パリのシェフの時間を買ってレシピを聞いたりできる。タイムコインで面白いのは、忙しさや専門知識の高低に関係なく、同じ金額で同じ時間だけを買える等価交換にこだわっている点です。

柴山 等価交換ですか。ただきっと、誰からも時間を買ってもらえない人は出てきますよね。

安田 そう。タイムコインが手に入らなければ、結局誰の時間も買うことができず、このプラットフォームからはこぼれ落ちます。これが、一見すると平等に見える等価交換の落とし穴です。ただ、逆のパターンもあり得て、資本市場で活躍の場を見いだせない人でも、なぜかタイムコインのプラットフォームではいろんな人との間で時間を売り買いできる、というケースが出てくるかもしれない。ものさしが違う経済圏がたくさんできると、ある経済圏で活躍の場を見い出せない人も、別の経済圏で活躍できる可能性が出てくる、というのがポイントです。

柴山 なるほど。ウェルスナビを使って世界経済の成長を味方に資産が増えたら、次のステップとして、それを公共のために使ってシェアするような仕組みも考えていかなければいけないのでしょうね。もちろん、日本で資産運用が広がっていくには、まだあといくつかの壁を乗り越えなければなりませんが、つねにその先も見据えていきたいと思います。本日はとても勉強になりました。ありがとうございました!

安田 こちらこそありがとうございました!