ビジネスの成否は「交渉力」にかかっている。アメリカの雑誌で「世界で最も恐れられる法律事務所」に4度も選ばれた法律事務所の東京オフィス代表であるライアン・ゴールドスティン米国弁護士に、『交渉の武器』(ダイヤモンド社)という書籍にまとめていただいた。本連載では、書籍から抜粋しながら、アップルvsサムスン訴訟を手がけるなど、世界的に注目を集めるビジネスの最前線で戦っているライアン弁護士の交渉の「奥義」を公開する。

「不正直な人」は論外だが、「バカ正直」もダメ。<br />では「正直」と「バカ正直」の一線はどこに引くか?

「嘘」「ごまかし」は厳禁

 交渉において、「嘘」「ごまかし」は厳禁だ。
 誰にでも誘惑はある。「この数字をごまかせば、交渉で不利にならない」「この事実を隠せば、問題にならないだろう」……。苦しい交渉のときはなおさら、そんな思いが込み上げてくるものだ。

 しかし、その「嘘」や「ごまかし」がバレたときのダメージが大きすぎる。相手に強力な「攻め手」を与えてしまうために、交渉においてきわめて不利な立場に追いやられてしまうのだ。いや、実は私自身、交渉相手の「ごまかし」を見つけ、徹底的にそれを利用して有利な条件で交渉をまとめた経験がある。

 かつて、私が日本メーカーの代理人として、海外企業がある製品において特許侵害をしていると追及したときのことだ。相手は特許侵害を認めなかったため、私たちは即座に提訴。準備を万端に整えていた私たちは、裁判を有利に進めていた。そんななか、危機感を募らせた海外企業が和解交渉をもちかけてきたのだ。

 私は、和解案をじっくりと読み込んだ。
 全体的にはこちらの要求に配慮した内容になっていると思ったが、妙な一文があるのが気になった。さりげなく記されていて、見るからに違和感を覚えるようなものではないが、妙に引っかかるものがある。

 経験上、このような一文には、重大な意味が隠されていることが多い。なぜここに、この一文が組み込まれているのか……。私は考え続けた。そして、やっと気がついた。その一文がそこに存在することにより、「他の製品については、この和解案から除外する」という意味になるのだ。