だが、現状を見ると、この国際連合における力(世界販売力や技術力)関係は日産が主導しているのは間違いない。

 まず、日産の親会社であるルノーは単独ではこの“自動車新時代”を生き抜く力はなく、三菱自は日産主導で再建途上にある。もちろん、日産も直近の業績を見ると問題を抱えており、3社連合をご破算にしてまで生き抜くことはできない。

 やはり、ポストゴーン日産体制が、いかに3社連合の主導権とリーダーシップを取れるかがカギを握ることになろう。

 そのためには、西川廣人社長が早期に日産のガバナンス(経営統治)を立て直して、ルノーとの関係再構築を進めること。さらに“ゴーンチルドレン”として経営陣にあった責任をサッサと取り、次の経営体制に譲ることだろう。

 日産でポストゴーン・西川体制の経営を委ねられるだけの人材が見えないことが残念だが、あえてトヨタなど外部からの日本人の招請も求められるだろう。

日産の「負の歴史」
「塩路天皇」問題

 筆者は、自動車産業を約半世紀にわたって取材してきた。日産自動車も1970年代の日本の自動車産業のリーダーだった“旧日産”時代から継続してウオッチしてきた。

 かつての日産は、トヨタをライバルとしながらもまだ、トヨタが「石橋をたたいて渡る」と評される中で、日本自動車産業をリードするという自負が強かった。

 国内市場でもトヨタと日産が熾烈(しれつ)なトップ争いを行って市場拡大を引っ張った。だが、日産内部では“塩路天皇”と言われた労働組合のトップが人事権・管理権まで握る異様なガバナンス(経営統治)の体制が続いていた(『日産ゴーン事件で蘇る「塩路天皇」問題という負の歴史』参照)。

 結果として80年代前半に、英国工場進出を組合のトップが反対記者会見まで開き、労組の経営権介入と日産社内の内紛を世間に知らしめることになった。

 当時、この「労働貴族」とまで自負した日産の一方の絶対的権力者を倒したのが日産の“良識派”の社員だった。

 いわば日産社員による、労組トップの絶対権力を倒す自発的なクーデターだったのだ。