「大阪都構想」は、大阪府・市の二重行政の解消を訴えるだけで、「府」の上位の行政区分が「都」だからというだけのものだ。「都」といえば「首都」のはずだが、実際に首都になるという構想ではない。首都の機能の一部でも担うということなら、それが日本国の政治・行政・経済・社会にどんな好影響を与え、将来的に日本の国家像をどう描くかの構想もない。
端的にいえば、大阪がどのような都市になり、日本がどのような国になるかの「哲学」がまったくみえない。大阪府・市という狭い範囲の行政をどうするかのテクニカルな話に終始しているだけで、「夢」がないのだ。だから、大阪都構想は、大阪から一歩外に出れば、まったく理解を得られていない。
そもそも、大阪府・市民が「大阪都」になりたいのだろうか。「商人の街」であり、「阪神タイガースの街」である、反権力の気風が強い街の人たちが、「都」になるといってもピンとこないのではないか。
維新の会に必要なのは、大阪都構想のような局地的な構想ではなく、日本の国家像を変えるようなより大きな構想を考え、国民全体に訴えることではないか。例えば、この連載では、以前から憲法改正による参院改革を維新の会に奨めてきた(第69回)。
参院を、ドイツのような「連邦国家型二院制」の上院に改革し、知事や市長、県会議長など地方の代表が上院議員を兼務する形にする。上院を「地方代表の院」とすることで、地方の意向をダイレクトに国政に反映できるようにするのだ。
維新の会はこれとは真逆で、国会の意思決定が迅速になるという短絡的な理由だけで「一院制」の導入を訴えている。しかし、維新の会の主張である「道州制」と同じ政治・行政制度を採用している「連邦国家」はすべてが二院制で、上院は地方を代表する院を設置している国が少なくないことを知るべきだろう。大胆にいえば、地方主権を実現したいならば、中央から離れることばかり考えるのではなく、中央に乗り込んで、中央を支配するという発想を持ってもいいのではないかということだ。
要するに、今回のクロス選挙で大阪都構想という「しょぼい構想」のみに注目が集まったことを、私は残念に思う。本当に評価されるべきは、大阪における維新の会の「改革姿勢」であるべきだと考える。そして、国政レベルにおいて、中道で改革的な政党が再び育っていくきっかけになってほしいと思っている。
(立命館大学政策科学部教授 上久保誠人)