子育て中の親の悩みが幸せに変わる「29の言葉」を紹介した新刊『子どもが幸せになることば』が、発売直後に連続重版が決まるなど、大きな注目を集めています。著者であり、4人の子を持つ田中茂樹氏は、20年、5000回以上の面接を通して子育ての悩みに寄り添い続けた医師・臨床心理士。

本記事では、本で紹介できなかった「あるエピソード」を特別公開します。(構成:編集部/今野良介)

「海外に一人旅なんてとんでもない!」

私は関西で働いていますが、別の地方に住んでいる若い友人から、病院の紹介をしてもらえないかと連絡がありました。彼の職場の上司から「関西でうつ病を診てくれる病院を紹介してほしい」と頼まれた、とのことでした。

受診するのは、その上司の息子さんで、20代後半の方。体調を崩して休職中の彼の代わりに、父親が、息子さんの住んでいる関西で病院を探しているとのことでした。

私は、次のように返しました。

 

「その方の息子さん、うつということですが、自分で病院さえ探せないような状態なんでしょうか?病院の探し方は、ネットで検索するとか、駅の看板を見るとか知り合いに聞くとかして、まず行ってみて、合うようなら続ける、合わなければ別の病院を探す。そういう『普通のやりかた』でいいと思いますよ。やはり、通いやすさも大事ですよ。近ければいいわけではなく、人によっては住所から少し離れているところのほうが安心して通えることもあります」

 

友人からの返信は、次のようなものでした。

 

「息子さんには、自分で探す力があると思います。どうやら『しばらくスペインにひとり旅に行きたい』と言っているようで、親は必死に止めているところのようです。私は行かせても良いんじゃないかなぁと思いますが、『何かあったらどうするんですか!』と言われそうで、言いづらいです。今回の病院探しの件は、息子さんのことをよく話してもらえないまま(というよりも、それは話したくなさそう)の要請でした。その上司は、部下をぐいぐい引っ張っていくタイプの、ちょっとこわい感じの人なんです」

 

これに対する私の返信は、以下のとおりです。

 

「まさに、『かわいい子には旅をさせよ』ですね。『何かあったらどうするんですか』は、こういう状況でよく発される言葉ですね。心配で心配で、仕方がないのでしょうね。私なら、助言の形ではなく、質問の形で返すかもしれません。『何かあったら、と言いますが、旅に出れば、何かは必ずあるのではないでしょうか?というか、旅ってそういう何かに出会うために、行くのではないでしょうか?』という感じで。

旅に出たら、パスポートをなくしたり、財布をすられたり、ホテルが予約できてなかったり、事故に遭いかけたり、怪我をしたり病気になったり、思わず助けられたり……いろいろありますよね。そういう波風が立ったときにこそ、人間の力は発揮され、高められていく。そうやって親の知らないところで少しずつ強くなって、その息子さんも、社会のなかで生き延びられるタフさを身につけていくのでしょうね」
 

 

その「こわい感じの」父親は、親の言う通りにできない我が子のことを、頭がおかしいと感じているようです。「頭がおかしいのでなければ、これほど子どものためを思っている親の言うことがきけないはずがない」、と。

また、父親は、どこかで、息子が成長することが怖いのかもしれません。成長すれば、精神的にも親から離れていくことになります。その当たり前のことが耐え難くて、なんとかそうさせまいとする親に、ときどき出会います。

実際に、思い通りにならない子どものことを、「おかしくなった」とか「精神病ではないか」などと思って心配したり、病院に連れていこうとする親がいるのです。「自分の思うとおりに導かねば」と必死なんですね。

それは子どもを思ってのことであるので、むげに否定することはもちろんできません。また、実際に親の不安通りに、とんでもない事故に巻き込まれてしまうことも、決してないとは言えません。

それでも、親として本当にすべきことは何かということが、自分の子どものことでなければ、つまり他人のこととして距離を持って眺めることができれば、わりと冷静に考えられるのではないでしょうか。

それは、失敗するかもしれない子どもの選択を受け入れる親の勇気であり、成長して自分の保護のもとを離れていく子どもを見送る、親の覚悟ではないでしょうか。