実家に何日か滞在してわかったことは、都会と田舎の避けられない違いはモビリティー、つまり移動手段だけだということです。移動手段さえ確保できれば、今や田舎暮らしにほとんどストレスはないということです。移動手段とはずばり自動車です。

 かつて田舎暮らしはロードショーの映画館がないとか、大きい本屋さんがないとかがネックになっていましたが、今やそうした問題はパソコンやスマホがあれば解消できます。確かにロードショーは見られないかもしれませんが、そもそも映画館に足を運ぶ人が減っているわけです。ネット視聴すれば十分という時代なのです。本はネット書店で買えば事足ります。私の実家でも、頼んだ翌日にはちゃんと届きます。

 ところが車がないと、普段の買い物にも不便です。いろいろな観光スポットがあっても簡単に遊びに行くこともできません。

 私は、運転免許を持っているのですが、ほとんど車を運転しません。幸い妻が運転できるので困らないのですが、もし夫婦とも運転をしないと、かなり辛いだろうなと実感しました。

 最近は高齢者の起こす交通事故が話題となり、運転免許証の自主返納や認知症テストの導入などが取りざたされています。もちろん、私も賛成ではあるのですが、生活のために絶対必要な場合は代替手段の提供がないと生活が成り立たないと思いました。

人間関係で必要なのは
“質問される力”である

 田舎暮らしでさらに重要なテーマは、「人間関係」です。都会で暮らしていると、隣は何をする人ぞ、とばかり周囲と没交渉でも生きていけますが、田舎はそうはいきません。これを煩わしいと嫌がるのは短絡的かもしれません。郷に入れば郷に従えです。コミュニティーに溶け込めさえすれば、それはそれで、いざという時の安心を手に入れることができます。

 私の場合、上手くやっている方だと自分では思っていますが、実家の近所に叔父や叔母をはじめ、親類縁者が多数住んでいて、帰省の度に挨拶に行くのが普通です。しかも、家を訪ねるのにアポは取りません。アポなしで行っても歓待されるのです。これがまず驚きでした。

 当然、玄関先で失礼するなどということはなく、上がり込んで、お茶やお菓子でもてなされます。「これを面倒くさがっていたら溶け込めないだろうな」と思います。

 こうした濃い人間関係の中で重要な能力が、よくいわれる「雑談力」だと思いました。

 お正月には親戚が一堂に会するわけですが、その際に重要なのがたわいもない話を続ける力、すなわち雑談力です。今でこそ、ごく自然に振る舞えるのですが、どうやって自分はこの人たちとの関係を築いてきたのかを改めて考えてみました。