そこに進化の過程で「頭」という部分がどんどん発達してきて、人間というものが誕生しました。この「頭」は、物事の「効率化」を図るために発達してきた部分です。一度うまくいったことをもう一度うまくやるとか、一人が見つけた獲物の居場所を仲間に知らせるとか、つまり、「二匹目のドジョウ」を狙うための機能を果たします。

 「頭」は理性の場であり、コンピューターのような働きをする場所で、情報処理を行ないます。すなわち、記憶・計算・比較・分析・推測・計画・論理思考などの作業をします。シミュレーション機能を持っていて、「過去」の分析や「未来」の予測を行うのは得意ですが、「現在」については苦手で、「今・ここ」を生きることはできません。(ですから、「過去」の後悔や「未来」の不安などの感情は、「心」由来ではなく「頭」由来なのだということになります。)

 また、「頭」は、must や should の系列の物言いをするのが特徴です。「~すべきだ」「~してはならない」「~にちがいない」といった感じです。

「心」の声に蓋(ふた)を
するとトラブルが・・・

 そして、「頭」は何でもコントロールをしたがる特徴があります。(そもそも「頭」の目指す「効率化」ということは、「うまくいく」ように事象をコントロールすることにほかなりません。)

 「頭」によるコントロールの鉾先(ほこさき)は、外界に向けられるだけでなく、自分自身の「心」や「身体」にも向けられます。先の【図1】のように、「頭」と「心」の間には蓋(ふた)のようなものがありますが、「頭」が「心」にコントロールを加えるときにはこの蓋を閉め、「心」からの発言を遮断してしまいます。そうすると、「頭」vs「心」=「身体」という2つの自分に分かれてしまうことになります。

 人間に生ずる様々なトラブルは、すべてがこの内部分裂と、それらの対立によるものなのですが、「うつ」のからくりを解くカギも、まさにここにあるのです。

「頭」は「心」を見下している?

 一方の「心」は、感情・欲求・感覚・直観の場です。

 「頭」は「過去」と「未来」が得意な時制でしたが、「心」はもっぱら「今・ここ」つまり「現在」に焦点を合わせます。「頭」の計画性とは対極の、自在な即興性を備えています。

 「心」が使う言葉は、want to や like の系列です。「~したい」「~したくない」「好き」「嫌い」などです。「頭」のように論理的思考を行いませんから、決して理由をくっつけた物言いはしません。いきなり結論だけを言ってくるのが特徴です。しかし、それは決してデタラメなものではありません。「心」はそもそも、「頭」とは比べ物にならないほど高度な知性と洞察力を備えているものなのです。しかし、あまりに高度なので「頭」には大抵解析不能です。

 ただし、近代以降の人間は「頭」(理性)の思い上がりが強くなってきているので、「頭」は「心」の出した結論を「気まぐれで当てにならないもの」と決め付け、却下してしまうことが多々あります。これが、人間のさまざまな不自然さや病をひき起こす原因の根本にあると考えられます。まるで、天気予報が外れたときに「予報は正しいのに、天気の方が気まぐれなんだ」と考えるような本末転倒が、私たち現代人の内部では日常的に起こっているのです。