アップルに数千脚の椅子を納入した広島の木工会社
このような変化はすでにそこかしこで表面化しつつあります。ここでは日本の広島県に拠点を置く地場の木工会社、マルニ木工の事例を紹介しましょう。
アメリカ・カリフォルニア州クパチーノにあるアップルの新本社「アップル・パーク」を訪れたことのある方はご存知でしょうが、このオフィスのパブリックスペースにはマルニ木工の椅子「HIROSHIMA」が数千脚単位で並んでいます。
日本の一地方にある木工会社の製作した椅子が、シリコンバレーを代表する企業の家具として大量に納入されているのです。
このマルニ木工の事例は「自分が本当に作りたいもの」にフォーカスを絞るニュータイプが強い貫通力を持ち、それが結果的にスケールをも生み出すという先ほどの指摘を端的に示す事例と言えます。
マルニ木工は1928年創業の老舗です。家具を誰でも買い求めやすい価格にするため「工芸の工業化」を掲げて量産技術を磨き、バブル絶頂期の1991年にはグループ売上高は300億円に達します。この時期の企業ビジョンは「アジアでナンバー1の家具メーカーになる」だったそうで、まさに「スケール」を求める経営をやっていたわけです。
しかしバブル崩壊後に需要は急減し、経営難に陥ることになります。現社長の山中武氏は当時、東京で銀行員として不良債権処理を担当していましたが、2001年当時、社長を務めていた叔父に請われて経営のバトンを受け取ることになります。
入社後、ピーク時に11カ所あった工場の集約を進め、トヨタ生産方式を導入するなど効率化にも取り組みます。「利益第一主義」や「無借金経営」などの目標を掲げ、早期退職などのリストラも実施しました。
自身の前職が銀行における不良債権処理だったこともあり、「経営再建」に関する打ち手には通じていたものの、そのような「教科書的な手法」を何から何まで試したにもかかわらず、業績はなかなか回復しませんでした。
そんなあるとき、「万策つき果てたか」と悲嘆しながら自社のカタログをパラパラと見ていた山中社長は、あることに気づいて愕然とします。それは「自分が欲しいと思う製品が全然ない」ということでした。これは1つの盲点でした。
これまで「なぜ売れないのか」という問いについては考え抜いていたはずなのに「そもそも自分は何が欲しいのか、何が作りたいのか」ということは考えたことすらなかったのです。しかし、当たり前のことですが「自分が欲しいと思わないもの」は、他人も欲しがるわけがありません。
そこで、安くしても売れないのであれば、いっそのこと「本気で自分が欲しいと思う椅子で勝負してみたい」と方向転換することにした山中社長は、無印良品などでの卓越した仕事ですでに世界的に高名だったデザイナーの深澤直人氏に声をかけます。
マルニ木工の工場を見学し、加工技術の高さに目を見張った深澤氏は「新しい世界の定番を作る」という極めて高い目標を目指すことを条件にして快諾します。
このようにして生まれた椅子「HIROSHIMA」が、アップルのチーフ・デザイン・オフィサーであるジョナサン・アイブの目に留まり、アップル本社への大量納入につながったのです。
「HIROSHIMA」の発売以降、マルニ木工の減収にも歯止めがかかります。これまでの商流が大きく変化し、伊勢丹新宿店などの高級百貨店に配荷され、住宅メーカー経由や商業施設向けの販売も増加します。
また、デザインに関する目利きの厳しさで知られるアップルに大量採用されたことが奏功したのでしょう、売上高の地域構成も一変し、以前はゼロだった海外販売が増加し、さらに世界のトップブランドだけが参加を許されるデザインの世界的祭典、ミラノサローネにも出展が認められるようになります。
インターネット登場以前であれば、素晴らしいデザインの椅子を仮に作り出せたとしても、それを世界に向けて告知するには大手広告代理店の力を借り、多額のメディア費用とコミッションを支払わなければなりませんでした。
当然ながら、そのような資金が用意できない小規模の企業は、どんなに素晴らしいプロダクトを作ったとしても、告知することができなかったのです。
しかし、時代は大きく変わりました。今日の世界にあっては、人の感性に揺さぶりをかけるような切っ先の鋭い提案がなされれば、それを受け取った人々はSNSなどを通じて世界中にその映像や情報を拡散します。ジェレミー・リフキンが指摘した通り、まさに「限界費用ゼロ」で世界中に告知できる世界が現実のものとなったのです。
しかし、これが誰にでも可能というわけではありません。そこに「人の心を動かすような切っ先の尖った提案」がなければ、そのような情報が広い範囲にわたって共有されることはありません。
ここに、これからのマーケティングを考える大きなカギがあります。これまでの定石に従い、スケールを求めて十把一絡げの人々の好みに合わせて作られたようなフォーカスの甘い製品には、そのような「人の心を動かす切っ先の鋭さ」がありません。
結局、このようなオールドタイプの思考様式のもとに生み出されたプロダクトを売りさばくためには、20世紀と同じように、商社や広告代理店に頼みながら、高額の費用をかけて無理やり情報と製品を世の中にネジ込んでいくしかありません。
一方で、自らの好みに思いっ切りこだわって感性品質の高い製品やサービスを考案するニュータイプは、その「切っ先の鋭さ」ゆえに強い貫通力を持ち、この貫通力ゆえに「グローバル×ニッチ」というポジショニングを獲得することで、スケールを補って余りあるだけのメリットを得ることになるのです。
(本原稿は『ニュータイプの時代――新時代を生き抜く24の思考・行動様式』山口周著、ダイヤモンド社からの抜粋です)
1970年東京都生まれ。独立研究者、著作家、パブリックスピーカー。ライプニッツ代表。
慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院文学研究科修了。電通、ボストン コンサルティング グループ等で戦略策定、文化政策、組織開発などに従事。
『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社新書)でビジネス書大賞2018準大賞、HRアワード2018最優秀賞(書籍部門)を受賞。その他の著書に、『劣化するオッサン社会の処方箋』『世界で最もイノベーティブな組織の作り方』『外資系コンサルの知的生産術』『グーグルに勝つ広告モデル』(岡本一郎名義)(以上、光文社新書)、『外資系コンサルのスライド作成術』(東洋経済新報社)、『知的戦闘力を高める 独学の技法』(ダイヤモンド社)、『武器になる哲学』(KADOKAWA)など。神奈川県葉山町に在住。