そして、さらに3日後の同15日には小学1年生からアントラーズひと筋で育ち、昨シーズンにはチーム最多の11ゴールをゲット。負傷で辞退したものの、日本代表にも初招集された23歳のストライカー、鈴木優磨がベルギーのシント=トロイデンVVへ完全移籍することで合意した。けがを再発させた関係で、今シーズンはまだピッチに立っていない鈴木も迷った末に海外挑戦を決意した。

 もちろん、タイトルのさらなる上積みに欠かせない戦力として、クラブとしては慰留に努めた。例えば瀬戸内高校から加入してわずか3年目で「10番」を託した、安部に関する移籍報道がかまびすしかった今月6日のジュビロ磐田戦後には、取材エリアにこんな言葉が響いている。

「もう少しいろいろ頑張ります」

 安部の去就を問うメディアにこう返したのは、1996シーズンから強化の最高責任者を務める鈴木満常務取締役強化部長だった。文言から推察するに、バルセロナから届いたオファーに驚きながらも移籍を決断した安部を、一縷の望みを託して全力で慰留していた図式が伝わってくる。

 アントラーズの歴史をさらにさかのぼれば、半年の間にチームを去った2人のセンターバックに行き着く。昨年の年末に昌子源がフランス1部リーグのトゥールーズFCへ、同7月12日には植田直通がベルギー1部のセルクル・ブルージュへそれぞれ完全移籍した。

 ともに昨夏のワールドカップ・ロシア大会代表に名前を連ねた2人のセンターバックは、同時にアントラーズを離れる可能性もあった。しかし、精神的支柱でもあった昌子へはクラブを挙げて慰留。最終的には悲願でもあった昨秋のアジア王者獲得を置き土産にして、フランスへと旅立っている。

チームの「幹」として育てた
日本人選手の海外志向が加速

 1年間で5人もの主力選手が移籍すれば、当然ながらクラブの屋台骨は大きく揺らいでしまう。まして昌子や植田、安部、そしてアカデミー出身の鈴木は、生え抜きの選手をアントラーズの色に染めながら育てる、Jリーグの黎明期から貫かれてきた伝統が生み出した主力選手たちだった。