世界1200都市を訪れ、1万冊超を読破した“現代の知の巨人”、稀代の読書家として知られる出口治明APU(立命館アジア太平洋大学)学長。歴史への造詣が深いことから、京都大学の「国際人のグローバル・リテラシー」特別講義では世界史の講義を受け持った。
その出口学長が、3年をかけて書き上げた大著がいよいよ本日リリースされた。聞けば、BC1000年前後に生まれた世界最古の宗教家・ゾロアスター、BC624年頃に生まれた世界最古の哲学者・タレスから現代のレヴィ=ストロースまで、哲学者・宗教家の肖像100点以上を用いて、世界史を背骨に、日本人が最も苦手とする「哲学と宗教」の全史を初めて体系的に解説したとか。
なぜ、今、哲学だけではなく、宗教を同時に学ぶ必要があるのか?
脳研究者で東京大学教授の池谷裕二氏が絶賛、小説家の宮部みゆき氏が推薦、原稿を読んだ某有名書店員が激賞する『哲学と宗教全史』。8月10日に大阪・梅田で講演会が開催される出口治明氏を直撃した。(構成・藤吉豊)

還暦で世界初のインターネット生保を創業、古希で日本初の学長国際公募によりAPU学長になった出口治明さん、教えてください。「哲学と宗教」は、ビジネスでどう役立つのですか?

人の生死に関わる
生命保険とは何か

還暦で世界初のインターネット生保を創業、古希で日本初の学長国際公募によりAPU学長になった出口治明さん、教えてください。「哲学と宗教」は、ビジネスでどう役立つのですか?出口治明(でぐち・はるあき)
立命館アジア太平洋大学(APU)学長
1948年、三重県美杉村生まれ。京都大学法学部を卒業後、1972年、日本生命保険相互会社入社。企画部や財務企画部にて経営企画を担当する。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て2006年に退職。同年、ネットライフ企画株式会社を設立し、代表取締役社長に就任。2008年4月、生命保険業免許取得に伴いライフネット生命保険株式会社に社名を変更。2012年、上場。社長、会長を10年務めた後、2018年より現職。訪れた世界の都市は1200以上、読んだ本は1万冊超。歴史への造詣が深いことから、京都大学の「国際人のグローバル・リテラシー」特別講義では世界史の講義を受け持った。おもな著書に『生命保険入門 新版』(岩波書店)、『仕事に効く教養としての「世界史」I・II』(祥伝社)、『全世界史(上)(下)』『「働き方」の教科書』(以上、新潮社)、『人生を面白くする 本物の教養』(幻冬舎新書)、『人類5000年史I・II』(ちくま新書)、『0から学ぶ「日本史」講義 古代篇、中世篇』(文藝春秋)など多数。

――ライフネット生命保険を創業するとき、出口学長ご自身は哲学や宗教の思想をどのように活かしてきたのでしょうか。生命保険は、哲学や宗教と同じように、命や死と向き合っていくものですよね。

出口:生命保険に関わる知見や技術的なノウハウなどではなく、人間の生死や種としての人間の存続に関わる哲学的、宗教的な考察がむしろ役に立ちました。
還暦でライフネット生命を開業することになったとき、一番深く考えたのは、「人の生死に関わる生命保険とは何か」「僕は、どんな生命保険会社をつくりたいのか」という根源的な問題でした。
たどり着いた結論は、「生命保険料を半分にして、安心して赤ちゃんを産み育てることができる社会をつくる」ことでした。
そして、生命保険料を半分にするためにインターネットを使うことになり、世界初のインターネット生保が誕生したのです。

APUに見る「多様性(ダイバーシティ)」の大切さ

――APU(立命館アジア太平洋大学)の学長に就任してからはどうですか? APUには、宗教観の異なる学生が集まっています。

出口:古希を迎えたとき、日本初の学長国際公募によって推挙され、APUの学長に就任しました。APUは学生6000名のうち、半数が92の国や地域からきている留学生で、いわば「若者の国連」であり「小さな地球」のような場所です。学生はみな、言葉も国籍も宗教も肌の色も文化も価値観も違います。教員も半分が外国籍です。それらが混ざり合いながら、さまざまな人が集まることで、さまざまな化学反応が起こります。
APUで仕事をしていると、世界の多様性(ダイバーシティ)を身に沁みて感じます。生まれ育った社会環境が人の意識を形づくるという意味で、クロード・レヴィ=ストロース(ベルギー生まれの人類学者/クロード・レヴィ=ストロースについては、連載第6回で詳述)の考えたことが本当によくわかります。
振り返ってみれば、僕は人生の節目節目において、哲学や宗教に関わる知見にずいぶんと助けられてきた感じがします。

あらゆるビジネスは
「人間」を相手にしている

――哲学と宗教は、日常のビジネスにおいても役に立つものですか?

出口:人類の知の葛藤から生み出された哲学や宗教を学ぶことは、日常のビジネスの世界にとっても有益です。
仕事のヒントを与えてくれたり、新鮮な発想をもたらしてくれるのは、専門分野の知識やデータよりもむしろ歴史であったり、異質な世界の出来事であることが多い気がします。

あらゆるビジネスは「人間」を相手にしています。そして、哲学と宗教は、「人間とは、どういう動物なのか」を学ぶための教材としてふさわしい。
ビジネス書を読んで、マーケティング理論やマネジメント理論といった技術論を学ぶよりも、プラトンやブッダや孔子の生き様に触れたほうが、人間を知る勉強になるのは間違いないと思います。