なぜ地質学者であるダーウィンが進化論を着想したのか?

「専門家の問題解決力を門外漢のそれが上回る理由」として3つ目に指摘したいのが、門外漢だからこそ、革新的なアイデアを思いつくことができる、という要因です。これは過去の偉大な発見・発明の多くが「門外漢」によってなされていることを思い出せば容易に理解できるはずです。

 たとえばチャールズ・ダーウィンが典型例でしょう。ダーウィンは進化論における、いわゆる自然選択説を提唱したことで知られているため、一般には生物学者として認識されていますが、本人自身は、終生自分のことを地質学者と名乗っていました。

 つまり、人類史上、最も科学に大きな影響を与えた生物学上の仮説が、専門家の生物学者ではなく、門外漢の地質学者から提出された、ということです。この事実は「専門家と門外漢」という問題を考察するにあたって、極めて重大な何かを示唆しています。

 そもそも、なぜ専門の生物学者がこの仮説に気づかず、門外漢のダーウィンが気づいたのでしょうか? それはまさに「彼が専門の生物学者ではなかったから」です。ダーウィンは、自然選択説に思い当たったのには、2つの著作が重大な契機になったと述懐しています。

 一つはライエルの『地質学原理』です。ダーウィンは、同著にある「地層はわずかな作用を長い期間蓄積させて変化する」というフレーズに接し、動植物にも同様のことが言えるのではないか、という仮説に思い至ったようです。

 そしてもう一つが、有名なマルサスの『人口論』でした。「食料生産は算術級数的にしか増えないのに人口は等比級数で増えるため、人口増加は食料増産の限界の問題から必ず頭打ちになる」という予言=「マルサスの罠」を提唱して議論を巻き起こした著作ですが、この本を読んでダーウィンは、食料供給の限界が常に動物においても発生する以上、環境に適応して変化することが種の存続において重要であるという仮説を得ています。

 そしてこれら2つの仮説が、結局「自然選択説」という理論に結晶化するわけですが、ダーウィン自身の専門も、また彼にインスピレーションを与えた2つの著作も、どちらも「生物学」に無縁であったということに注意してください。

専門家が斬新なアイデアをつぶす

 これまでの考察をひっくり返してみると、専門家に過度に依存することは課題設定あるいは問題解決の能力を著しく毀損してしまうという危険性が示唆されます。これが最も悪い形で出たのが日本の東海道新幹線の開発でした。

 時速200キロ以上で走り、東京と大阪を3時間で結ぶ超高速列車によって、台頭しつつあった航空産業に対抗する、というのが東海道新幹線の基本コンセプトですが、このコンセプトに対して強硬に反対していたのが、古参の鉄道エンジニアたちでした。

 彼らは、当時ひんぱんに発生していた列車の脱線事故の原因が「レールの歪みにある」と指摘し、この問題が解決できない以上、時速200キロで走る列車の開発は原理的に不可能だと主張したのです。

 一方で、東海道新幹線の技術開発に携わっていたのは、太平洋戦争においてゼロ戦などの航空機の研究・開発に携わっていた技術者たちでした。門外漢である彼らは、航空機の翼が共振して破壊される、いわゆるフラッター問題を解決した経験から、列車の脱線は振動によって発生しており、振動制御によって克服することが可能だと再三にわたって訴えたにもかかわらず、鉄道技術者は耳を傾けようとしなかったのです。

 今日、東海道新幹線は毎年1億人以上の乗客を運び、また世界各国における超高速鉄道の嚆矢ともなったことを思えば、このとき、専門家である鉄道の古参技術者にプロジェクトがつぶされていれば、私たちの今日の世界もまた幾分か違ったものになったことは間違いありません。