門外漢のパフォーマンスが上がる構造要因

 ここで「専門家の問題解決力を門外漢のそれが上回る理由」について考察してみると、3つの要因仮説が浮かび上がってきます。

 1つ目のわかりやすい仮説は、そもそも専門家の能力は、私たちが一般に考えているほど大したものではなかった、というものです。そんなバカな、と思われるかもしれませんが、さまざまな研究がこの仮説を支持しています。

 たとえば、1984年に経済誌「エコノミスト」は、今後10年の経済成長率、インフレ率、為替レート、石油価格、その他基本的な経済数値を、さまざまな立場にある合計16人の人物に予測してもらう、という実験を行いました。

 その16人とはすなわち、4人が元財務大臣、4人が多国籍企業の経営者、4人がオックスフォード大学の経済学専攻の学生、そして最後の4人が清掃作業員でした。

 10年後、同誌が結果を検証したところ、結果は一様に惨憺たるものでしたが、あえて優劣をつければ、1位は同着で清掃作業員と企業経営者、ビリは元財務大臣という結果でした。

 この「専門家はぶっちゃけ、本当に能力があるのか」という論点について、さらに大規模な検証を行ったのがカリフォルニア大学ハース・スクール・オブ・ビジネスのフィリップ・テトロックです。

 テトロックは、大学・政府・シンクタンク・メディアで活躍する著名な専門家を284人集め、彼らによる経済や社会に関する将来予測を2万7450も収集し、その結果を検証しました。

 結果は、同様にやはり「惨憺たる」ものでした。テトロック自身は、さらに辛辣に「専門家といわれる人の予測は、ダーツを投げるチンパンジーにも負けただろう」と結果を評価しています。

 さらに加えて指摘すれば、現在の世界で存在感を示している企業の多くは、ここ20年ほどのあいだに創業されています。彼らはいわば「素人」として事業を起こし、ここまでの存在感を放つまでになったわけですが、では専門家を抱えていた多くの大手既存企業は一体何をやっていたのでしょうか。結果から言えば「何もできなかった」というしかありません。

 なぜこのようなことが起きるのでしょうか? まず、そもそも専門家の能力評価は極めて難しいという問題があります。特に高度な専門家になればなるほど、領域は細分化し、知識のアップデートは難しくなります。高度な専門家を評価するためにはさらに高度な専門家がいるわけですが、そのような人物は数が極めて少ないため、結果として「評価不全」の状況がさまざまな場所で発生していると思われます。

 さて、次に「専門家の問題解決力を門外漢のそれが上回る理由」として2つ目に指摘しなければならない要因が、VUCA化によって知識や経験の陳腐化が早まっているという点です。

 たとえば先述した免疫遺伝学の世界では、10年も経たずに技術トレンドが大きく変わっていますし、これはメディアテクノロジー、人工知能や機械学習、エネルギーの分野などにおいても同様です。

 このような変化が激しい領域では、組織のコアに抱えた人材の知識、経験をアップデートし続けなければならないわけですが、変化のベクトルはまさにVUCAで予測が難しいため、学習を先取りすることはなかなかできません。

 一方で、門外漢の集団からなるクラウドは膨大な人数からなっているため、最新の知識を持つ人がどこかしらにいることになります。そのため、コアの陳腐化が急速に起きるのに対して、クラウドの陳腐化は基本的に起きないということになります。

 この仮説がもし正しいとなると、私たちは組織のコアに最先端の知識を持った人材を抱えることの意味について、あらためて再考しなければならない時期に来ているということになります。