脂肪悪玉説を信じたことで
アメリカは肥満大国に

 ちなみに、「太るのは脂質の過剰摂取が原因だ」といった嘘の説が広まった結果、どうなったかを検証してみましょう。

 1955年、アメリカ第34代大統領だったアイゼンハワー氏が在任中に心筋梗塞の発作で倒れる事件がありました。人気の高かった現役大統領の一大事に全米は騒然となりました。

 アイゼンハワー氏は、若い頃からコカコーラ愛飲者として知られており、第二次世界大戦に従軍したときには、瓶詰めのコカコーラを300万本送るようにジョージ・マーシャル陸軍総参謀長に要請したという逸話があるほどです。

 こうした長年にわたる糖質の過剰摂取が血管の老化を進め心筋梗塞を誘発したと思われますが、当時は間違った情報が流されました。「大統領の病気は脂肪を摂り過ぎたことが原因だ」と結論づけられ、国民はそれを信じ込まされたのです。

 当時からアメリカでは心筋梗塞で命を落とす人が多く、「その原因は糖質にあるのか、それとも脂質にあるのか」という議論がなされ、専門家の間でも見解が分かれていました。

 なかでも、ジャン・マイヤーという「脂質が悪い派」の栄養学者は、さまざまな材料とアイゼンハワー氏の件を結びつけ、自分に有利な議論を展開することに成功しました。当時のマイヤーの研究手法についての指摘は、『ヒトはなぜ太るのか?』などの書籍でもなされています。(*2)

「我らが英雄であるアイゼンハワー大統領ですら、脂質の過剰摂取によって倒れた。私たちも気をつけなければいけない」

 国民の多くはこう胸に刻んだことでしょう。そして、糖質に対する警戒心は消えてしまったことでしょう。このときから、アメリカは肥満大国、心筋梗塞大国として後戻りができない歩みを始めてしまったと言えるのです。

 ジャン・マイヤーたちが「脂質の過剰摂取が心筋梗塞の原因だ」と唱えたため、アメリカでは「脂質を減らして、その分を炭水化物で補う」という方向に行きました。

 その結果どうなったでしょうか。周知のとおり、その後のアメリカはとんでもない肥満大国となり、心筋梗塞をさらに激増させることにつながったのです。

 近年、アメリカ人の死因1位は心筋梗塞患などの心臓病で、年間61万人が死亡しています(2015年時点)。心筋梗塞は、心臓の冠動脈が狭窄し、そこに血栓が詰まることで起こります。

 糖質を摂り過ぎて肥満になると、血管に慢性的な炎症が起き、善玉コレステロール(HDL)が減少するなど、心筋梗塞への条件が整うのです。肥満者は、心筋梗塞だけでなく、脳卒中、糖尿病、高血圧、がん、アルツハイマー病などあらゆる重篤な疾患にかかりやすくなることがわかっています。肥満は諸悪の根源。そして、その肥満を引き起こすのは炭水化物なのです。

『医者が教える食事術2 実践バイブル』ではさらに詳細に炭水化物や脂肪の正しい知識を、医学的・生化学的な根拠をベースに解説しています。間違った食の知識の思い込みは不健康の元なので、興味のある方はぜひ、『医者が教える食事術2 実践バイブル』をご参照ください。

(この原稿は書籍『医者が教える食事術2 実践バイブル――20万人を診てわかった医学的に正しい食べ方70』から一部を抜粋・加筆して掲載しています)

(*1)Euro J Clin Nutr 1992;46:161
(*2)『キャンベルスミス図解生化学』204
(*3)『ヒトはなぜ太るのか?』メディカルトリビューン ゲーリー・トーベス著 太田喜義訳 原題『Why We Get Fat: And What to Do About It』