デザインやブランディングで大切にしていること

平野啓一郎さん平野啓一郎さん

平野 社会にはカッコいいものを求める人が常にいるわけですが、水野さんが商品やプロジェクトのデザイン、ブランディングを頼まれた時に、「誰に届けるか」ということはどのように考えていますか?

水野 最初に「どんな雑誌を読んでいる人たちに刺さるようにするか」ということを考えます。雑誌って、ものの見事にセグメント化されています。出版社の皆さんが、何十年もかけて、どんな雑誌なら売れるかということを必死に考えてきた結晶が、実は今の雑誌というものに結びついていると思うんですよね。

平野 雑誌がなくなると水野さんも困りますね(笑)。

水野 そうなります(笑)。いずれにせよ、クライアントの希望に合わせて、市場規模を考えながらターゲットを広げていく作業をすることが、まずはデザインの出発なんじゃないかと思います。

平野 先日、ある雑誌がその雑誌読者に合わない企画をやってしまい、愛読者や雑誌に関わっていたライターから「なんか違う」という声があがっていたのが印象的でした。やはりみんなが認識している雑誌のカラーがあるということでしょう。

水野 デザインでも「らしさ」ということはめちゃくちゃ大切にしています。
人間はたぶん、未来へ進んでいく生き物だから、未来というものを悪にしてしまっては世界が成立しない。だから未来を明るいものとして描いて、あこがれみたいなものを持つんですけど、一方で、骨董や歴史なんかもすごく大切にしていますよね。
これはおそらく、未来が好きすぎると、とんでもなく変なことになってしまうからだと。
文明のスピードが早くなりすぎて、間違えてしまうこともたくさん出てくるんじゃないかな。そういう警戒感を持ちながら少しずつ前に進むようなシステムが、DNAなのか本能なのか雰囲気なのかわかりませんけど、何かによって導き出されていて、完全に過去に依存した「らしさ」というものが生まれていると思います。

だから「デザイナーとして大切にしていることは何か?」と聞かれた時に、答えはいろいろあると思いますが、僕の場合は「らしさ」と答えます。「らしさ」を大切にしないと人々の心に響きませんし、全く知らない新しいものをパッと見せられても、誰も「いいね」と言いません。

平野 うまくいったものは「らしさ」を継続させたいということあるかもしれないけれど、これまでのイメージを刷新したいとか、違う「らしさ」を求めたいという依頼があった時にも、やはり継続性は重視しますか?

水野 その前にまず、案件を「受ける」「受けない」の判断があります。
判断基準は、「自分が入る(その案件に関わる)ことによってその会社なり商品なりがよくなるか」ということですが、それだけでなく、「消費者のため、世の中のためになるか」ということも重要視しています。

平野 僕の本『「カッコいい」とは何か』でも書きましたけど、ナチスドイツなど、「カッコいい」というのが悪用された歴史もあるし、デザインには世の中をよくない方向に持っていく力もあります。
だから水野さんがおっしゃるように、個別の商品がよくなることだけじゃなくて、社会全体がよい方向に進むことに寄与するかという意識を持つことはとても大事なことだと思います。

水野 たとえば、地球環境への配慮が不十分な企業があったとします。その企業からの依頼を、「あなたの会社はよくないから受けない」ということではなく、「僕が入ったことによって、いい商品が生まれて、廃棄の問題などが少し緩和されたとしたら、それはいいことなんじゃないか」という可能性も含めて熟考します。
つまり、「いい企業だから受ける」ということではなく、「自分が入ることで『いい仕掛け』ができると思えるかどうか」ということに基準を置いています。

平野 すでにある「らしさ」を大事にしながら、そういう発想でも考えているんですね。

水野 そうですね。
たとえば、戦争は悪いことですよね。でも、「争いごとすべてが悪いのか、小競り合いはどうなの?」というグラデーションがあると思います。
何ごとも、どこまでがよくて、どこからがよくないというのがあるから、デザインが世の中にどういった影響を及ぼすかということを考えてから受けるということは、とても大切だと思っています。