日本の山が危ない 登山の経済学#1

「登山」を取り巻く知られざる構造問題に迫る「登山の経済学」(全6回)。夏山シーズンを目前に控えた今年7月。新潟、長野、岐阜、富山の4県にまたがる北アルプス地域で登山客を迎える山小屋約40軒への物流が、ヘリ便の運休により途絶えるという事件が起こっていた。(ダイヤモンド編集部 鈴木洋子)

膨張する登山市場に迫る危機
“民営国立公園”に黄信号

登山ヘリコプター山小屋の運営に欠かせない「ヘリの荷上げ」。それを担う輸送網がこの夏危機的な状況に追い込まれた。 Photo by Yoko Suzuki

 多くの登山者の憧れの地、北アルプス。新潟県、富山県、長野県、岐阜県にかけて標高3000m級の山々が連なり、槍ヶ岳や劔岳などの名峰がそびえる。登山口から徒歩10時間かかる山奥も、シーズンともなれば団体ツアー客でにぎわう。そんな山岳地帯で営業する約40軒の山小屋が、この夏“孤立”する事件が起こっていた。

 「食料が届かず、スタッフみんなで山小屋の周りの山菜を採ってしのいでいました。夕食は毎日お芋と山菜の天ぷらばかりでした」と三俣山荘を経営する伊藤敦子さんは言う。他の山小屋では夏山シーズンを目前にして、営業開始の延期に追い込まれたところもある。

 原因は、ヘリコプターだ。

 北アルプスという、日本で最も人気の高い山域への食料や燃料などの必要物資の輸送は、山小屋ヘリ荷上げ事業でトップシェアの東邦航空が実質ほぼ1社で支えている。その頼みの綱の同社のヘリが、悪天候と機体故障の影響で7月の約1ヵ月間飛ぶことができなくなったのだ。

 かつての山小屋は数十キログラムに及ぶ荷物を人力で麓から運ぶ職業、歩荷(ぼっか)という専門職に物資の運搬を頼っていた。だがヘリの普及でこうした職業は消えた。さらに、昔は月1回程度だったヘリの荷上げ頻度は山小屋で使う物資が増えるたびに上がり、今は週数回、多いときには日に数回にもなる。今日の山小屋は、ヘリがなければ回らない。