「今回の一連の人員整理を機に、キリングループ社員からの相談が急増している」(人材企業関係者)と動揺は徐々に広がっている。
キリンが中核のキリンビールに“メス”を入れただけでなく、ビバレッジやメルシャンといった事業会社にも手を加える裏側には、「脱・ビール会社」の思惑がある。今年2月に発表した中期経営計画でキリンビールを中心とした「食領域」と、協和キリンが手掛ける「医領域」の間に位置する「医と食をつなぐ事業」を第三の柱として新たに立ち上げ、ビール会社からの脱却を鮮明にしている。
「グループとしての連帯感を強め、ワンカンパニーとして出発したい」(キリン関係者)との思惑がこの転籍制度からも伺える。HDとビール、メルシャンで行っている早期退職と、事業会社からの人材移動を並行して行うことで、グループとしての結束の強化を目指しているのだ。
50代の同期は200人、40代は60人
バブル世代以降の人材を事業会社から吸い上げ
今回の人員再配置の背景について、HD経営に詳しい大和総研の横山淳主任研究員は、「今年に入ってから、グループガバナンスという概念がホットワードになっている。これは、どこまでをHDが担い、どこから事業会社に任せていくかというものだ。人を必要としているところに、配分を最適化するというのは、HD経営の役割の一つ」と解説する。
今年6月、経済産業省が「グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針」を策定した。グループ経営を行う企業がグループ全体の企業価値向上を図るためのガイドラインで、この概念が広がれば、HD経営の在り方も問われることになる。キリンのケースではHDが旗を振り、各事業会社の人事制度に大鉈をふるう例となった。
加えて、今の日本企業が抱える“大きな問題”に先手を打ったというもう1つの側面がある。
それは、バブル入社組が去った後の会社運営だ。キリンをはじめとした大手企業は、バブル期に大量採用したものの、その後の就職氷河期では採用を絞っている。実際、キリンビールも「現在在籍する50代は1学年に200人程度だが、40代では1学年60人程度。採用を抑えていた結果、人数構成がゆがんでいる」(キリン関係者)。つまりバブル入社組以降の人材が圧倒的に不足する時代がやってくるのだ。「バブル入社以降の人材が少ないのはうちも同じ状況だ」(アサヒ社員)とライバルも明かす。
今後の経営を担う後任の人材が少ない状況で、事業会社から転籍で吸い上げることで、優秀な人材を確保する思惑も透ける。
バブル世代が大量に在籍していることと、その次の世代の人材不足は表裏一体で、多くの企業が抱える問題だ。だが、人員整理や早期退職という事象について開示されないことも多く、実態は不明瞭だ。終身雇用は事実上崩壊しており、従来型の雇用は転換期を迎えている。
今回のキリンの「大改革」は、企業のいびつな世代構成にメスを入れる先鞭となりそうだ。