「最初の1000日」は一生で最も大切な時期

 現在、赤ちゃんの人生の最初の1000日は、生涯でいちばん大切な時期だというのが異論のない考え方です。最初の1000日の経験が人生のほかのどんな時期よりも将来の健康と幸福に大きく影響することが、世界の科学者のあいだで広く認められています。これは一生の健康の基礎がつくられる時期なので、赤ちゃんの栄養の問題はとりわけ大切。赤ちゃんがどんな食べ物を口にし、どんな習慣を身につけるかは、生涯にわたる影響をもたらすのです。

 赤ちゃんに何を与えるかは、長期的な健康だけでなく、その後の食の好み(食べ物の好き嫌い)にも大きな影響をもたらします。同時に、この早い時期に食べ物をどう与えるかも、食欲の調整力(食べる量をコントロールする能力)や食べ物との関係性(たとえば、ストレスや悲しいことがあると食べたくなる傾向や偏食など)を形成するうえで決定的な要素です。

 最初の1000日は成長と発達が目覚ましく、一生のうちでもこれに並ぶ時期はありません。赤ちゃんは1歳になるまでに体重が生まれたときの3倍になります。脳も大きく発達します――誕生時に370グラムほどだった脳は、2歳になるころには1キロを超え、大人の大きさの80パーセントにまで成長します。

 そんな急速な成長には、栄養が欠かせません。赤ちゃんにとってこの栄養はまずミルクによってもたらされ、やがて離乳食へと受け継がれます

 ただし、最初の1000日間の授乳や食事には苦労がつきもの。生まれて間もない時期や幼児期には、かなり骨が折れるでしょう。思いどおりにいかないときはなおさらです。この時期の授乳と食事が重要であるにもかかわらず、親向けの科学的根拠に基づいた実用的な手引きがないことから、私たちは本書の執筆を決めました。赤ちゃんが人生の最良のスタートを切れるように、必要な情報と実用的なヒントを余すところなくお伝えします。

「何を食べさせるか」だけでなく、「どう食べさせるか」も網羅

 赤ちゃんが最初の1000日間に口にするものは、一生のどの時期に口にするものより大切です。けれども健康的な食習慣とは、たんに子どもが何を食べるかだけでなく、もっと多くの問題を含んでいます。「ジェミニ」をはじめとするさまざまな科学的研究は、赤ちゃんがどう飲んだり食べたりするかも重要であることを示しています。どれだけの量をどのくらいの頻度で摂取し、食べ物とどんな関係性を築くのか。そういったことのすべてが本当に大切なのです。

 最初の1000日にミルクや食事をどう与えられるかが、食欲の調整力(必要な量だけを食べ、食事を慰めや楽しみ、さらには恐れるべきものとしてではなく、栄養としてとらえる能力)を形成するうえで、かなり重要なカギになることがデータからも明らかです。

 どんな食べ物でも、食べる量が多すぎても少なすぎても健康的ではありません。感情を前向きな方法によって調整することを学ばず、食べ物に頼ってコントロールしようとするのも不健康です。また、好き嫌いがあまりにも激しいと、食事のレパートリーが限られ、健康に悪影響を及ぼしかねません。

 意外に思えるかもしれませんが、人と食べ物の関係は受胎直後から育まれると考えられています。私たちは子宮のなかで、母親が食べたものにさらされるのです。そして食習慣の形成は、赤ちゃんが生まれたその日から、授乳開始とともにさらにしっかりと確立されていきます。つまり受胎から始まる最初の1000日がとても大切なのです。

 ただし、赤ちゃんの生まれつきの性質にも左右されます。赤ちゃんはみんな同じように生まれてくるわけではありません。最初から食欲が旺盛な子もいれば、乏しい子もいます。そこで食事を与えるときは、赤ちゃんの食がどんな「タイプ」なのか理解し、それに見合った対応をすることが欠かせません。ところが、それぞれのタイプにどう対応すべきか、情報がほとんどないのが現状です。

 どう食べるかについては解明が始まったばかりなので、親向けの情報がごくわずかなのは当然です。乳幼児が食欲をうまく調整する能力を身につけ、食べ物と健全な関係を築き、健康的な食の好みを育み、しかもそれらが一生続くように手助けするにはどうすべきか。これは何を食べるかよりはるかに複雑で、食べ物とどう関わるかという問題でもあるのです。

 本書は命が宿った1日目から、何をどう与えるべきか、データに基づいた本当に必要な情報をお届けします。

読みたいところから読んでいい

 本書は栄養と食事について、最初の1000日間の各段階に即した4つのパートで成り立っていますーー妊娠期(パート1)、授乳期(パート2)、離乳期(パート3)、幼児期(パート4)。最初から一気に読まなくてもかまいません。みなさんとお子さんがどの段階にいるかによって、とくに関係のある章を拾い読みできるようになっています。

 乳幼児は食べ物のこととなると、みんなとても個性的です。直面する問題は子ども一人ひとりによって異なります。クレアのように食べさせるのが悪夢のような子もいれば、ヘイリーのように理想的な子もいるでしょう。本書はあらゆる食べ方をする乳幼児のあらゆる段階を対象とし、みなさんとお子さんに直結するような、実用的で役立つアドバイスをお届けすることをめざしています。

(本原稿は、『人生で一番大事な最初の1000日の食事』〈クレア・ルウェリン、ヘイリー・サイラッド著、上田玲子監修、須川綾子訳〉からの抜粋です)

クレア・ルウェリン(Dr. Clare Llewellyn)
オックスフォード大学卒業。乳幼児の食欲と成長についての遺伝疫学の研究で博士号を取得。ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン准教授。同大学公衆衛生学部疫学・保健研究所の行動科学・健康部門において肥満研究グループを率いる。人生の最初の瞬間からの摂食行動を探求するため、史上最大の双子研究「ジェミニ」に参加。また、子どもの食に関して70以上の科学論文を発表。英国王立医学協会ほか、世界中で40以上の招待講演を行っている。英国肥満学会、欧州肥満学会、米国肥満学会などの研究機関から多数の国際的な賞を受賞している。

ヘイリー・サイラッド(Dr. Hayley Syrad)
心理学者。2007年にサウサンプトン大学で心理学学士号を、2016年にユニバーシティ・カレッジ・ロンドンの保健行動研究センターで行動栄養学の博士号を取得。乳幼児が「何をどう食べるか」に関して食欲の役割に焦点を当てて研究。幼児の摂食行動について、多数の記事を執筆、注目を集めている。

監修者:上田玲子
帝京科学大学教育人間科学部教授。幼児保育学科長。博士(栄養学)。管理栄養士。日本栄養改善学会評議員や、日本小児栄養研究会運営委員なども務める。乳幼児栄養についての第一人者。監修に「きほんの離乳食」シリーズや、『はじめてママ&パパの離乳食』『マンガでわかる離乳食のお悩み解決BOOK』(いずれも主婦の友社)など多数。

訳者:須川綾子
翻訳家。東京外国語大学英米語学科卒業。訳書に『EA ハーバード流こころのマネジメント』『人と企業はどこで間違えるのか?』(以上、ダイヤモンド社)、『綻びゆくアメリカ』『退屈すれば脳はひらめく』(以上、NHK出版)、『子どもは40000回質問する』(光文社)、『戦略にこそ「戦略」が必要だ』(日本経済新聞出版社)などがある。